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黄レ麗:第七十七話:麗子

夢のような一日だった。
自分で言うのもおかしいけど、私は一度コレと決めたら折れたことがない。
頑固だと思う。
それなのに先生に委ねた。
自分でもわからない。
どうして任せられたのか。
嫌じゃなかった。

今朝、玄関でマーさんと先生を見た時、目的は聞かずともわかった。
先生に告げられても自分の中に全く抵抗が無かった。
全く予想もしてなかった来客だだったのに、こうなることを自分が待ち望んでいたんだと知った。
とうの昔に諦めた夢。
何度も夢見た幻想。
いつかこの私の人生という牢獄から救いだしてくれる人がいて欲しいと、心のどこかで願っていた。
気が遠くなるほど待った。
裏切られた。
果てに得たレジ袋だらけの錆びた部屋と薄汚れた身体の自分。
もう二度と抱くことのない希望。
諦めていたつもりだった。
いえ、諦めるよりも重い。
冷めきったもの。
全てに対し。

それまでの私は今にして思うと亡霊のようだった。
それが二人を見た時に塔の上で幽閉されたお姫様が白馬の王子様に会ったような安心感で覆われた。
もう大丈夫なんだ、これで自由なんだと瞬時に満たされた。

(嫌だ、高校生なのにまだそんな感覚があったんだ。恥ずかしい)

戸を開けた私の前には二人も騎士がいた。
自分でもわからないけど感動した。
それだけで十分だと思った。
夢が叶った。
しかも二人も。
その瞬間に停学も、この後に待つ退学も、過去の人生すらも、どうでも良くなった。

不思議な人。
マーちゃんの先生。
私は多分人を信じなくなっていたんだと思う。
信じるには余りにも多くを奪れ裏切ら過ぎた。
もう二度とないと思っていた。
大人マーさん以外に信じられる人は現れないって。思い込んでいた。
それが、ここへ来て同級生のマーさん。
そしてマーさんの先生。
二人も現れる。
しかも同年代の男性と大人の男性。
私がこの世で最も恐れを抱く存在。
アルバイト先の店長にしても多分良い方なんでしょうけど今でも緊張する。
理屈じゃない。

怖い。

同級生のマーさんに会って、初めて私は揺れた。
もう惑わせないで欲しかった。
もう裏切られたくない。
苦しいのは嫌だ。
痛いのは嫌。
辛いのは・・・もういい。
でも、向け続けられる暖かい目線と声に揺れた。
拒否しても拒んでも彼はその暖かさを失わなかった。
私を大切にしてくれているのが伝わってくる。

私のせいで巻き込まれたのに彼は私を非難しなかった。
酷いことを私が言っても彼は変わらなかった。
陽だまりのような人。
私が知らない世界を知っている。
彼のお陰で初めて同級生の子と話すことも出来た。

一方では苦しかった。
この日々が遠からず終わりが来ることを知っているから。
長引くほどと苦しくなる。
終わって欲しくないという甘えが増大していく。
雨の日すら彼がひょっこり顔をだしてくれないか辺りを見渡すようになっている自分を見つけ憤る。
次第に自分が奇妙な姿をしていることが恥ずかしくすらなってきていた。
(今までそんなこと感じた事なかったのに)
彼は来ないんだと知って寂しく帰る日が多くなった。
その為に立っているわけじゃないのに。

スズキ先生が私の肩に触れた時、咄嗟に振り払った。どうにも出来ない。
その瞬間に悟った。
(あー終わりが来たんだ)
悪魔が本来の私の道に連れ戻しに来たんだと理解した。
だからもう良かった。
でも二人を見た時、全てを投げ打ったんだと思う。
結果はどうでもいい。
全てが敵に回っても、今この瞬間の二人の為になら何でも出来る。
絶対的安心感。

(あーマーさん・・・)

今朝の表情。
私の為に胸を痛めていることがわかった。
昨日、彼は私を救い出そうと申し出てくれた。
こんな何の価値もない私を。
(それを断った)
これ以上巻き込んではいけない。
こんないい人を。
堕ちるのは一人でいい。
(それなのに・・・)
先生まで連れだって。

マーさんの先生は大きな方。
側に居るだけで何故か安心出来る。
大人の男性なのに。
私が今まで見てきた誰よりも男らしいのに怖くないなんて。
対象的な表情。
リラックスして超然としている先生に対して、これから死の宣告を受けに行くかのようなマーさん。でも多分それは自分を心配しているのじゃない。私の心配をしている顔。
(あーマーさん・・・貴方が望むなら何でもして上げたい。でも私には何も上げられるものがない)
私は貴方に嫌われるぐらいなら死んだほうがマシだと感じるようになっていた。
(私は自分のことしか考えていない。身勝手、自己保身、自己防衛)
他の男達のように私を求めるのなら構わない。
でも彼は私に触れようともしない。
もどかしくもある。
彼にこそ触れて欲しい。

(でも・・・怖い)

もし彼が私の手をとりギョッとしたらと思うと。
抱きしめてこの痩せ細った身体に身を引いたらと思うと。
身体の傷を見て嫌悪の表情を浮かべたらと思うと。
私がどれほど汚れた人間かを知った時の彼の心中を想像するだけで。

(恐ろしくて震える)

たったそれだけで私は彼を憎悪してしまうだろう。
彼は何も悪くないのに。
その反応は間違っていないのに。
私だってきっとそうだろうに。
(でもどうしようも出来ない)
彼に憎悪されるぐらいなら知り合う前の方が良かったとさえ思ってしまう。
(本当にそうだろうか)
わからない。
(彼は私に何を求めているんだろう)
私の何がいいんだろう。
私を美しい、格好いいと言った人が大勢いた。彼も言う。
それは間違いだ。
脱げばわかる。
服を着ているから真の姿が見えないだけだ、わかる人にはわかる。
食事は二日に一食。
痩せもする。
生きているのが不思議なくらい。
寝込んで一週間食べられなかったこともある。
水さえ飲んでいれば早々死なないことを知った。
多くは私の顔を見て綺麗だと美しいと言った。
わからない。
でも、あれほど言われるのだから綺麗なんだろう。
(それがどうした)
別れ際にこう言った人がいたな。
「花はいずれ枯れる。華やいでいるうちに活かさないと」
私は彼の言わんとすることとは逆に受けとった。
(華やいでいる時間の方が短いのに、その後はどうすればいいのかと)
何時だったか花に群がっている蜂を見て、「あー男はコレか」と思った。
(蜜に集る蜂)
蜜が無くなれば用無し。
多分、花は蜜が無い時期の方が長い。
(じゃあ、蜜が無い間はどうすればいい。一人で生きていくのか)
花にとっての蜜蜂はお互い共生関係にある。
蜜蜂が動けない花の代わりに花粉を各地へ運び繁栄する。
(私にとっての蜜は何のために?)
子供を授かればいいのかと思った時期もあった。
でも違った。
男は花と違って子供を望んでいなかった。
いや、蜜蜂にとっても、花の受粉はどうでもいいこと。
花の望むことであって蜜蜂の望むことではない。それと同じだ。
私は子供を望まない。
自分すら持て余すのに子供どころではない。
花と違って勝手には育たない。
それに、こんなクソみたいな世の中に産み落とすなんて残酷なことは私には出来ない。自分も望んで産まれて来たわけじゃない。捨てるぐらいなら最初から生まなければいいのに。いや、父さんは違った。本当に喜んでくれたと思える。でもアイツは違う。
お金という私にとっての蜜で共生関係を結んだこともある。
大人マーさんに負担をかけたくなかった。
いや、それも言い訳だ。
(多分、寂しかったんだ。蜜蜂でもいないよりは良かった。気が紛れた)
気づいた時には失ったものが大きすぎたことを知った。
マーさんにも泣かれた。
「俺が頼りないばかりに辛い思いをさせてすまない・・・」
何も悪く無いのに。
マーさんのせいじゃないのに。
それから蜜蜂を断った。
自らの弱さと向き合って生きることにした。
(蜜蜂で誤魔化してはいけないって)
もう金輪際、男は相手にしないと。
女は尚更。
私にとって同性は憎悪を向けられる対象でしかない。
望まぬとも得られる敵意と嫉妬。
言葉を交わしたことすら無いのに流布される憎悪。
男より前に捨てている、あの女と共に。

ミネちゃんもいい子だけど、やっぱり女なんだと思う。
マーさんのこと好きなのに、好きと言わなかった。
言ってくれたら私は諦めきれたのに。
(自分の為か・・・)
私はミネちゃんに嫉妬していたんだ。
普通に高校生している彼女に。
彼が変な顔を向けてくれるぐらい仲の良い彼女に。
(私も結局は女・・・)
マーさんはミネちゃんのことを好きなんだろうか。
胸の辺りが苦しかった。
きっと彼女の方が相応しい。
気が合うと思う。
その方がマーさんにとっては良いんだ。
でも二人が笑顔で話しているだけで、どうしようもないほど苦しかった。
(男として生まれたらこんなに苦しまなくて済んだろうに・・・)
私はマーさんのことをどう思っているだろう。
好きなんだろうか。
好きなんだと思う。
でも言う資格はない。
彼を蜜蜂にしてはいけない。
一時は彼もまた蜜蜂でしか無いんだろうと思った。
彼が学費の頭金を建て替えてくれたことを知った時は失望した。
(彼もまた蜜蜂でしかなかった)と思った。
でも違う。
彼は単に私を助けてくれただけだと後で気づいた。
大人マーさんと同じ。
慈悲の心。
(本当にそうだろうか)
今でも少し迷う。
彼を傷つけた。
(嫌な女・・・あー嫌だ嫌だ。嫌な人間だ)
どうしてこんなことになったんだろう。

でも、終わり。
彼が蜜蜂でもウワバミでも、悪魔でも。
なんでもいい。
(私は彼を好き)
その思いを胸に秘めているだけで幸せ。
何も求めない。
何も望まない。
何も言うつもりはない。
彼が望むなら全てを捧げたい。
命だって惜しくない。
この気持ちが大人マーさんに対する裏切りであってもいい。
なんでもいい。
どうでもいい。
二人の為ならもう少し生きていける。
学校なんて本当にどうでも良かったけど、二人が望むなら学校でも監獄でも行く。

私は卑怯なことに心の片隅で今一度彼が私に告白してくれることを待っていると思う。
断るつもりなのに。
それは変わらない。
彼を不幸に巻き込みたくはない。
いや、違う。
彼が不幸になる時、私が傷つきたくないからだ。
それでも望んでいる。
彼に好かれている、
愛されているかもしれない、
そう思うだけで幸せを感じる。
「貴方はそれでも許してくれますか?マー・・・ちゃん」

Published in黄色いレインコート麗子

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