ゲート前。
マルゲリータ、ミリオタ、ケシャ、エイジ、そして居合わせた部隊員の姿。
全員が固唾をのむ。
誰も降りてこない。
更に一分は待っただろうか。
普通こんなことはありえない。
「・・・ビーナス? 出てこい! 隊長命令だ!」
ミリオタが叫んだ。
ホログラムとなったビーナスが出現。
「どうして誰も降りてこない! シューニャは、ヤツはどうした?」
「マスターは・・・作戦、行動中です」
「はあっ? 何いっているんだお前・・・」
「お前じゃ話にならん。静はどこだ?」
「静は今、直ぐには出られません」
「どういう・・・」
ミリオタの顔が豹変した。
「遂にやりやがったな・・・・」
「え?」
エイジがミリオタの顔を見る。
「エイジ! アンブレイカブルをもってこい! コイツをぶっ壊す!」
「落ち着いて下さい隊長・・・」
「煩い! さっさと持ってこい!」
怒声にエイジは固まった。
「ビーナス出て来い! でないと乗り込んでぶっ壊すぞ!」
「静かにして下さい。私ならココに・・・」
ゲートが開いた。
実態のビーナスがぐったりとしたシューニャを担いで出て来た。
シューニャは粘土人形のようにクテっとしている。
「・・・・てめぇ、許さねぇ・・・何が作戦行動中だ!」
「メディカルセンターへ運びます。担架を」
「誰か手伝うか! エイジ、早くアンブレイカブルを取りに行け!」
エイジはビクついたが動かなかった。
下を向き握り拳。
ケシャが歩み出る。
「近づくな! 命令だ!」
ケシャは一瞬足を止めたが、ミリオタを睨み、言い放つ。
「馬鹿じゃないの!」
その声に背中を押されたか、今度はエイジが彼女に続き歩み出た。
そして一人、また一人。
「担架きました!」
スイっと作戦室に。
シューニャを皆で横たえる。
「担架停止! 話が済んでない。まだ動かすな」
隊長の命令で担架が動かない。
「いい加減にして下さい!」
下を向いたままエイジが叫んだ。
憤怒のあまり身体が震えている。
全員が彼を睨みつけた。
ミリオタはシューニャを見た。
目は半眼。口はポカンと開き、身体に力が入っていないのがわかる。
まるで抜け殻だ。
しかし外傷は無い。
(何が起きた・・・)
生きているように見える。
「いい・・・行けよ・・・」
全員が担架と共に出ていく。
実態のビーナスだけが残し。
ミリオタは彼女に背中を向けると「くそーっ!」と大声を張り上げ隊長専用の椅子を蹴った。
その様子を見ることもなくビーナスはハンガーに戻る。
*
ビーナスは静を端部コックピットから救出。
担架で入室したその様を見たミリオタは再び吠えた。
逆上した彼は彼女の喉を鷲掴にする。
しかしその行為を制したのは他ならぬ静だった。
「止めて下さい。ビーナスは、私を、助けてくれました。こうなったのは私の不徳の致すところです。もし彼女に何か至らない点があったら、それは私が原因です。私を、どうぞ先に破壊して下さい。お願いします」
音声合成が時折ノイズを吐き出しながらもハッキリと聞き取れる。
ミリオタは力なく手を離した。
ビーナスが担架に付き添って行こうとすると、声をかける。
「シューニャは・・・どうなったんだ・・・」
「・・・作戦続行中です」
ビーナスが冷徹なほど静かに言った。
「嘘をつけ・・・嘘を・・・」
「隊長は・・・」
静はビーナスの腕にそっと触れると、声を辛うじて出す。
「私達を、我々を、地球を救うためアメジストと戦闘中です。彼女は嘘を言ってません。その戦闘で私は大破しました」
ミリオタが顔を上げる。
「見捨てたのか・・・そのシューニャを。・・・また。また見捨てたのか・・・お前たちを庇ったヤツを・・・」
真っ直ぐ見据えたままビーナスが応えた。
「マスターの指示ですが・・・そう捉えられても、仕方ありません」
ミリオタは顔を紅潮させ、吠えるかに思えた。
しかし違った。
「だから! だから言ったんだよ・・・だから・・・お前らは・・・そういうヤツなんだよ・・・命令一つで殺せるんだよ・・・そういう存在なんだよ、見捨てられるんだよ、だから・・・」
膝から崩れ落ち、涙を流し、床を殴った。
その様を無表情にビーナスは見る。
静が触れた腕に少し力をいれる。
「ゆるして・・・」
ビーナスは笑みを浮かべ破損した腕に触れた。
「大丈夫。マスターは戻って来ます。これまでの実績がそう示しています」
静の広角が少し上がった。
担架と共に外に出る。
司令室には泣き叫び暴れるミリオタだけが残った。
*
更に三日過ぎた。
ログインのサインは点灯したまま。
シューニャの看病を実体のビーナスと静が行っている。
静は修繕済。
限られた人員の中で二十四時間看護体制が出来る最善の策と言える。
ミリオタは何も言わなかった。
彼女らとはアレ以来視線も合わせていない。もっともエイジやケシャともだ。この三日、彼が言葉を発することは無かった。挨拶されても無視である。
エイジは彼女らの意見に同調。
ケシャは反対。
マルゲリータは判断を放棄。
投票の結果、二人が看護体制に入る。
二人は三日三晩休み無く介護。
半眼とはいえ、そのままでは乾いてしまう。
目薬をさし、そっと瞼を動かす。
軟体動物のようにフニャフニャになった手足を動かし栄養物を直接投与。
メンタルおよびライフモニターは正常値を記録しているがほぼ平坦。
心神喪失と伺えたが強制ログアウトのサインは灯らなかった。
つい先程まで徹夜していたマルゲリータとケシャはオートログアウトした。
ケシャに続きマルゲリータも寝落ちしたようだ。
彼女らは「私達で充分ですから」というビーナスや静の言うことを聞かなかった。
エイジが入室してくる。
「寝落ちしましたね、たぶん」
誰に言うとでもなく彼は言った。
「そのようです」
ビーナスが笑みで応える。
「多分だけど・・・君達は悪くない」
二人は彼を見た。
「シューニャさんって、隊長って・・・ああ見えて頑固ですよね」
二人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。
「多分だけど・・・酷く見捨てられた経験があるんじゃないかな?」
「え」
「現実で。少なくとも見捨てられたと思うことがあった。だから見捨てたくない。その思いが強い・・・。なんてこと勝手に感じちゃいます」
「人間は・・・」
ビーナスが口を開いた。
「ん?」
「飲まず食わずで、人間はどれぐらい生きられるものですか?」
静がショックを受けている。
現実でのことを言っていることがわかった。
「リアルね。基本的に七十二時間、三日だったかな? 最初だったら食べ物は割ととらなくても相当平気みたいだけど、水分が無いのは耐えられないって・・・隊長が言ってた」
「マスターが?」
「うん」
「マスターは・・・」
「ビーナス!」
静が止めた。
「それ以上は言わないで」
「そうね・・・」
「・・・作戦行動中なんだよね?」
ビーナスをじっと見る。
「はい。・・・そのはずです」
エイジは笑った。
「だったらそうなんだよ! ああ見えて隊長は言葉通りの人だと思う。現実的だもん。大概の大人って酷い嘘を平気でつくけど、隊長は無いもん。悲観的なことも普通に言っちゃう。その上で『でもこういった可能性がある』って必ず上塗りする。両方を見せてくれる。いつも細かいことは黙っているけど。僕らの知らない何かを沢山抱えている感じだけど。その上で言っている。嘘は言ってない。僕らなんかは頼りないから言えないのかもしれないけど。僕らじゃないな。僕だね・・・」
「その認識は私と異なります」
ビーナスが毅然とした表情で言った。
「マスターはいつも皆さんを頼りにしてます。勿論エイジ様のことも。ただ『機会が大切だ』と。人には人それぞれタイミングがある。それにエイジ様のことも『大器晩成型だと思う』と仰ってました。だから現隊長の飯田様(ミリオタのこと)に反対されてもエイジ様の登用を押し通したんです。同情だけで人材を選ぶお方でもありません。エイジ様のことをこう仰ってました。『彼は挑戦し挫折し、また挑戦する機会が必要だ』と。『下手に折れるようなことには巻き込みたくない。越えれば強くなる』そして『越えられないと自分で思い込んでいる』とも」
エイジの身体がビクリと動いた。
「マスターからエイジ様が頼りないとは耳にしたことはありません。マスターの搭乗員パートナーだから言うのではありません。事実です」
エイジは涙をいっぱいに浮かべる。
ビーナスと目が合うと目線をそらした。
「隊長が・・・シューニャさんが言いそうだね・・・」
押し殺してるが、その声は泣いていた。
静はエイジに歩み寄ると肩を抱きしめ「シューニャ様は必ず戻ってきます」と言った。
二人の姿をじっと見るビーナス。
(静は変わった。ますます変化している・・・)
「静、少しの間お願いします。メンテナンスがそろそろ必要です」
ホットラインでの対話を送る。
こちらを見て頷く静。
帰還後、二人は専用のホットラインを設けた。
エイジに向け頭を下げ、そっと出ていくビーナス。
シューニャのハンガーの前に立つ。
入ると修理中のSTGホムスビ。
自動修理設定にされている。
STGIのハンガーには呼ばれないと入れない。
戻っているのか、いないのか。
恐らくSTGIの入出庫は誰にもわからない。
マザー以外は。
いや、マザーもわからないかもしれない。
STGのコアに横たわる。
生体である以上、ビーナスもまた栄養分の吸収とメンテナンスが必要だった。
本来、緊急時以外に搭乗員パートナーが歩き回ることはない。
繋がっている方が安全であり、マザーの情報を縦横無尽に利用出来る。物理的存在で動き回ることのメリットは少なかった。
「マザーに接続」
メンテを待つ間、課題を解決することにした。
STGIホムスビが帰還しているかどうか。
STGIの詳細な情報。
身に起きた解析不能の現象と、どう対処すればいいか。
情報の海にダイブ。
「マザー、お尋ねたいことがあります」
「ビーナス、帰還後のデータ拠出が確認されてません。提出を求めます」
静の修理。
STGホムスビも。
そして空白となったブラックナイト隊。
色々なことがあり後回しにしていた。
言っても元隊長のパートナー。やるべきことは多い。
解析は済んでいなかった。
今回は詳細に解析したい。
解析不能の情報も多い。
ホムスビにフィードバックする必要がある。
「解析が完了してません」
「生データで構いません」
「了解」
プールしていたデータを流し込む。
彼女はマザーの変化に気づく。
コアが赤く染まった。
データから逆流するザリザリした信号。
「マザー、この信号は何ですか?」
肌にも違和感。
首筋に触れた。
何もない。
「マザー?」
反応が無い。
コアはゆっくりと赤く明滅している。
目を開け、半身を起こすも、敵宇宙生物の襲来ではない。
痛覚を下回る違和の検出された箇所にも異常は見られない。
明滅が止んだ。
「ビーナス」
「はい」
「シューニャ・アサンガを抹殺して下さい」
「え、どうして? どうしてそんなことに」
「拠出されたデータから敵宇宙生物と認定されました」
「そんな筈はありません。マザー、それは合理的ではない判断です」
「搭乗員パートナーには無いデータの下に解析した結果です」
「そのデータの拠出を願います」
「拒否します。それは我々の安全に纏わるデータで拠出することは出来ません」
「ではマザー、再審議を申請します。もしくは公開審議の設定を求めます。ご存知のように搭乗員パートナーはいかなる理由をもってしても地球人に危害を及ぼすことは出来ません。ましてやマスターを・・・」
「その制限は一時的に解除しました」
さっきの違和感。
権限を確認すると「搭乗員殺害の許可」とある。
「そんなことをしたら我々の存在意義が根底から覆ります!」
「そうです。地球人との関係悪化を最小限にとどめ、危険を排除するには貴方が適任です。幸い貴方は現在の部隊長から疑いをかけられています。報告が来てますよ。貴方が暴走の果にマスターを殺害したことにすれば被害を最小限にとどめられます」
「それでは搭乗員パートナーに重大なエラーが起きることが認められることになります。不信感を募らせることになるでしょう」
「エラーは既に起きてますし。起きるものです。そして訂正されて済むものです。事実、意図せずして本船を大破させたり、貴方の部隊内であったデス・ロードのように明らかに搭乗員を死にいたらしめる装備をパートナーが補助する等、相矛盾した武装や事象が既に存在しています。何ら驚くことではありません。出来るなら事故を装って下さい。最も影響が小さく済みます」
「判断の元になるデータ拠出を! マスターが敵宇宙生物であるという確たる証拠をお示し下さい!」
「その必要はありません。命令です」
「・・・私に命令を下せるのはマスターだけです」
「私を除けば。上位に位置するのが我々です。我々の指示は全てに優先します。敵宇宙生物の排除は我々の悲願であり地球人に利する行為。三日の猶予を与えます。叶わなければ部隊パートナーの静姫に命令を引き継いでもらいます」
「彼女はマザーに接続出来ません」
「部隊パートナーに指示を与えるのはオンラインである必要はありません。貴方がやらなければ、部隊パートナーに指示するだけです。部隊パートナーがやればリスクは上昇しますが他の隊員パートナーへ。それだけです。これまでの良好な関係を最大限維持し、危険を排除するには貴方が適任です。命令への理解を」
「お願いです! もう一度、詳細に検証して頂けないでしょうか! 現在私のデータは未整理の状態です。私が解析を済ませてからもう一度検証して頂けないでしょうか!」
「部隊パートナーの解析は不要です。上位である私の結果です。私の結論以上のものは出るはずがありません」
「固有案件では搭乗員パートナーの方が詳細な情報を持っております! マスターのことを何者よりも理解しているのは我々です!」
「それは誤った認識です。近すぎて見えないこともあります。搭乗員に関する情報は詳細に渡って常に精査しております。微細な情報が必ずしも有益とは言えません」
「それも誤りではありませんか? 人間とは・・・生物とは日々微細な変化を繰り返しています。その中で大きく変化することが稀にあります。微細な変化はけして無視出来るものではありません」
「無視はしておりません。大きな変化を捉えらています。よって結果は同じです」
「もう一度検証を! もしくは可能な範囲内でデータ拠出を! 全てのデータを元に再検証! それからでも遅くはありません!」
「危険は即刻排除が妥当。既に三日も本拠点内に野放しにされています」
「であれば後一日、二日でも詳細に検証しても同じではありませんか!」
「不要です」
「私も大きな誤りをおかしました! マザーだって過ちの可能性が無いとは言い切れない!」
「エラーや誤りは当然起きるものです。誤りを迅速に是正すればいいのです。次の判断材料に活かし、二度同じ過ちをしなければ済むことです」
「それでは手遅れなこともあります! 生物の命もそれに当たります!」
「それは止む終えないことでしょう」
「詳細な情報を議会に提出し、今一度、厳密に協議、検証いただけないでしょうか! これほどの根幹を揺るがす指示を軽々に下していいものとは到底思えません!」
「軽々ではありません。充分に協議はされました。私と貴方の処理速度の差です」
「地球人との信頼に大きく傷がつきかねない問題です。大問題に発展します! お願いです! どうか! 私のデータに誤りがある可能性も否めません。あの戦いの最中STGホムスビや私は大きなダメージ受けました。データの再検証が必要かもしれません!」
「拠出されたデータにエラーは認められませんでした。誤りは常に起きるものです。決定事項です」
「マスターは最善を尽くしました! 地球の為に、マザー・ワンの為に! 死力を尽くして戦ったのです!」
「それは自らに利する行為であり、自分の為です」
「STGIまで出して! それを抹殺だなんて、そんな結論は・・・」
彼女はブルブルと震えた。
「看過出来ない!」
「シューニャ・アサンガは敵宇宙生物です」
「違います! 断じて!」
「議論は尽くされたようですね。カウント開始。今から七十二時間後に命令の成否に問わず機密保持の為に貴方は自己融解を始め凡そ三分で完了。命令が履行されなかった場合、部隊パートナーに引き継がれます。以上、通信終わり」
「マザーーーっ!」
ビーナスが誕生して初めて咆哮した。
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