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黄レ麗:第五十八話:それぞれの勇気

「うぜーんだよ」
ナリタ・・・お前・・・そういうヤツだったのか。
挨拶だけでウゼーとか、どんだけお前のハートは薄いガラスなんだよ。
今時のガラスの方がよっぽど丈夫だぞ!
心の痛風か!
無視され出してからも朝すれ違ったり目の合ったクラスメイトには声をかけている。僕が今、学校で声を発する唯一の機会。
ナリタに挨拶したらコレだ。
落ち着け。相手のペースに飲まれるな。
笑顔で取り繕いそうになる自分を抑え、黙って見返した。
「なんだよ」
沈黙は金って先生が言ってた。
本当に賢い人間はべらべらと喋らないって。
ヘラヘラもしないって。
皆が見てる。
先生が言ってた。
黙っている時こそ人は見ているって。
マキがこっちを見ている。目があった。
「おはよ」
マキに声をかける。
「・・・」
後ろ髪をひかれるような顔するぐらいなら返事してくれよ。
イカン、焦るな。
声をかけるも自由、返事しないのも自由。
先生が言っていた。
「なんであれ強要はするもんじゃないと思う」
ヤスとミツが緊張した面持ちでこっちを見ている。
さっき声をかけたけど返事はなかった。
ここ数日はクラスメイトの態度が更に雑になってきていると感じる。
彼らのストレスも結構なレベルにきているんだろう。
でもレイさんを思えばマシだ。
以前のレイさんに対しては皆が空気のように扱っていた。それこそ幽霊みたいな存在に。
あれこそが無視。真の無視だ。
僕のは気にかけられているだけ無視じゃない。
無視を装っている。
それを思うと胸が傷んだ。
僕も・・・僕もその一人だったんだから。
皆のことは言えない、同罪だ。
こんな恐ろしいことをしていたなんて。
(でも今のナリタみたいに嫌悪感を露わにされたのは初かな・・・)
負けねーぞ。
そうだ。僕は今まさに暴力と戦っている。
ガンジーも言っていた。
真に非暴力を貫くには強靭な肉体と精神が必要だって。
そうか・・・今の僕には体を鍛える必要があるな。
ヒョロっとしているから舐められる。
僕は当初、これは「名無し」との戦いと思っていたけど違うんだ。
最近は「クラスメイト」との戦いと思いつつあったけどそれも違った。
(これは僕自身との戦いなんだ)
挨拶はするって決めたんだ。
意地でも通すぞ。
レイさんを思え。
俺はまだいい。
怒りが向かってくるだけまだいい。
昨日、先生と話した。
「自ら定めたシンプルな決め事すら守れないようなら人生において到底なにも成すことはないね。昔さ、僕らの時代は皆勤賞って凄い学校は褒め称えたんだけど、生徒たちの間では下らないって思われていたんだ。誰でも出来るだろうって。仰る通り、どうということはない。けど実は大層なことでもあるんだよ。自ら宣言し、単純なことをやり通すことって誰でも出来るからこそ出来ないもんだからね。普通は宣言はしない。達成してから言うもんだ。昔の人はそれをわかっていたんだ。ま、実際、皆勤賞ぐらいしか能のない人もいるけど、それでもそれすら無い人よりマシでしょ?」
「はい・・・」
僕が挨拶するのが辛いから止めようかなと言ったら喋り出した。
「往々にして人は単純だからこそ続けることが出来ないものだからね」
「・・・」
「今の君は逃げたがっている。逃げられる理由を探している。僕が『いいよやらなくて』って言うと思ったかい? やれクラスメイトがなんだ、やれ彼女がなんだって言いながら君は辞めることの正当性を探している。素直に『僕は逃げます』とさえ言えずに。起きている現象を素直に受け入れ、自らが面白いと思える向きへ持って行こうとする創意工夫を拒否し、防衛本能のまま安易な方に逃げる口実を探している」
「逃げたらいけないんですか・・・」
「いいじゃないか」
「え?」
「僕は逃げるなとは言わない。逃げればいいよ。でも君自身が逃げることを受け入れていないように見えるけどね。ましてや勝つために逃げるわけでもない。そういう場合の逃げは、いずれ遅かれ早かれ対峙した時に悔いが残ると思う。長くかかるるだけ無駄も多いし、その上で後悔する。馬鹿馬鹿しいね。でも逃げたいと思うのなら逃げればいいよ」
「・・・先生も皆勤賞だったんですか?」
「いや、僕はサボり魔だから」
「はあ・・・」
「ま~僕の話は表面だけじゃなくて含みで聞いてもらいたいんだけど」
含み・・・難しい。
先生の話は難し過ぎる。
「君は以前僕に言ったよね。挨拶はどうあれ続けるんだって、それを守れないって言いに来たのかいわざわざ?まさか違うよね」
そうだ・・・僕が挨拶は続けるって決めたんだ。
挨拶は公共社会における基本だ。だから続けたい。
父さんも言ってた。

「無視すんじゃねーぞ!」

ナリタ・・・。
「挨拶した。無視はしていない」
「なんだと?」
落ち着け。
これは売り言葉に買い言葉になるぞ。
「相手の些細な嫌悪感に触発されるようでは僕が思っていたより自分が無いんだな君は。それじゃ、この世界は務まらないよ」
先生に言われた。
相手に乗せられるな!
沈黙は金!
沈黙は金!
でも・・・このこみ上げる怒りをどう処理すれば。
怒りの方が速い。

(いっそ・・・)

机を叩く音がする。
もう一度。
更にもう一度。
音の方をクラスの全員が注視する。
(ナガミネ・・・?)
何があったか、ナガミネがヤスオカさんの机を叩いたようだ。
(どうした?)
どうする?
(どうやって対処すれば)
朝日に照らされナガミネの目が潤んでいるのが見えた。
(そういうことか・・・我慢できん!)
自分の中で得体のしれない憤りが瞬間的に湧き上がる。

「あーもーやだ!ヤスっち、原稿ぐらい好きに描かせてよ」

「え?」
「いいじゃないBLじゃなくたって~!」
「あ、ああ~、ていうか声が大きいし・・・ビックリするじゃない」
「あ・・・ごめん」
「涙目になるほどのことぉ?」
「こと!私はコレしかないんだから」
「でも普通の恋愛漫画なんて今更さ~」
「やだ!」
「だから声・・・」
「ごめん」
二人は周囲の異常に気づき見回した。
「あ、ごめんなさい大きな音だして」
ナガミネは頭を下げる。
彼女らしからぬハキハキとした物言い。

「びっくりした~」

各所で安堵の声が聞こえる。
同時に僕のこみ上げた怒りのエネルギーは霧散していた。
不用意にナリタと目が合う。
「ナリタは挨拶されるのイヤなんだ」
再び彼の顔を見た時、すんなり言葉が出た。
「いやだね」
「わかった。じゃあ、明日からナリタには挨拶しないわ」
「・・・あ~よかった、せ~せ~する」
戸惑ったようにも見えたが、嫌味ったらしく言葉を続けた。
先生の言葉が過ぎる。
「心ない言葉ほど相手の心を傷つけるものはないからね。声を出すなら何割かでも心がのってないと嘘だよ。君の言葉はいつも穏やかで丁寧だけど、心ない言葉が結構ある。結構傷つくんだよアレ。慇懃無礼って言葉知ってるでしょ。心も理由もなくばかっ丁寧にされると嫌味にしかならない」
一呼吸する。
心。
心。
「悪かったな・・・迷惑かけたみたいで」
ナリタは驚いた。
どうした?
そんな驚くようなこと言ったか。
「・・・迷惑ってほどじゃないけど」
「悪いな」
「いや、こっちこそ・・・」
なんだこれ。
まあいい、取り敢えず場も収まった。
そうだ。嫌なら仕方がない。
にしてもクラスメイトと話のは凄い久しぶりな気がする。
(はは。無視されるよりイイもんだな・・・)
僕自身が絡んでいることでここまでムードが悪くなったんだし、彼の不満もあながち大袈裟ではないかもしれない。
それにしてもナガミネ・・・ありがとう。
お前、わざとやったんだろ。
あんだけ注目浴びるのがイヤなのに。
ありがとうな。
危うくナリタを怒鳴るところだった。
お前にあんな悲しそうな顔させちゃ駄目だな。
情けないよ自分が。男だろ俺。俺が彼女らに守られてどうする。
僕が狼狽えなかったら注目浴びるようなことしなくて済んだのに。
先生みたいに堂々と構えて、どこ吹く風って感じでいられたら。
勇気もらったぜ!
「ミネっち見て、あれ、ラブラブじゃない・・・」
聞こえた。
「そこ、変な想像しない」
僕らしからぬツッコミを入れる。
思えば僕はマイサンズのメンバーとは親しかったけど、他のクラスメイトと絡むことはほとんど無かった気がする。自分の中に境界線ができていたんだろうか。
「想像するぐらいいいじゃない」
これまた珍しい。ナガミネが僕と絡んだ。
文化祭以後クラスで絡むのは初めてかもしれない。
「まあね。んで、その想像の産物はどうなってる?ソレ、見せて」
僕がたずねると、二人は顔を真っ赤にして慌ててノートを隠した。
真っ赤になるようなものを堂々と出すなって。
「ほほ~それか・・・」
「やだ、やめて!セクハラ!」
言うねナガミネ。
ヤスオカさんは、ただただ顔を赤くして下を向いた。
「セクハラは彼女だけにしておけ~」
誰かが茶化す。
彼女とはレイさんのことか?
彼女じゃねーし。
「わかった、妄想彼女とイチャコラする」
声のする方から返事はない。
(受け。まずは受ける。先生が言っていた)
視線に気づき、不意に顔を上げるとナメカワさんが僕を見ている。
何の気なしに笑顔で手を振ると彼女は笑顔で返した。
(今日も可愛いっすな~)
自らを覆うやりきった感。
やっぱり話せるっていいな。
それに尽きるかもしれない。
始業ベル前、レイさんが入ってくる。いつもの時間。
「お、彼女の登場だ~」
さっきの声がする。
(タカヤスだったかこの声・・・ったく)
無視しようと思ったが敢えて乗る。
今日の僕はどうかしている。
久しぶりの会話に少し楽しかったのかもしれない。
「おはよう~」
いつもより余計に笑顔で挨拶をする。
レイさんは一瞥もせず素通りした。
毎度思うが鉄の心臓。
僕にも彼女の強さのほんの数%でもいいから欲しい。
「はい、今日も彼女は絶好調です!」
クラスの何人かが笑った。
「俺の彼女を弄るな~」
自然に声が出た。
あくまで軽く。
誰にも目線を合わせず。
「やっぱり!」
誰かの囁くように声がする。
やっぱり・・・か。
何がやっぱりなんだか、事実も知らない癖に。
まあいい。
「振られた癖に・・・」
今の声、マイコちゃんだ。
僕が彼女を見ると、視線に気づいた彼女はあさっての方を向いた。
いつもと違うクラスのムードに接してもレイさん全く表情を変えなかった。

些細な出来事だった。

昼休み、何時ものように外へ出てベンチで一人で食べ出すとミツとヤスがやって来る。
「あの・・・一緒に・・・いいかな」
ヤスの声を久しぶりに聞いた気がする。
「いいよ」
どう言おうかと一瞬考えかかったが、考えるのを止めた。
「すまない!」
ミツが頭を下げる。
「ん?」
「これ、お詫びに献上したい」
”デスクのOL”シリーズのフィギュアだ。しかもシークレット。
手の平に乗る五センチほどのもので、OLが色々なポーズをしており、メモをはさんだり、何かに引っ掛けたりすることが出来る。ロングヘアにタイトなリクルートスーツ、何よりこのクールな表情がレイさんを彷彿とさせ気になった。ミツの家で見たんだと思う。このバージョンはセクシーポーズシリーズか。そう言えば以前「欲しいなぁ」と言ったことあったかもしれない。覚えていたんだ。
「いいよ別に」
「頼む、貰ってくれ!」
頭を下げている。
腹がたっていないといったら嘘になる。
それよりもミツのお気に入りだから貰うわけにはいかない。
「二人で買ったんだ・・・」
ヤスは泣きそうじゃないか。
元々は高いものではないけど今から手に入れるのはオークションか何かだろう。そこまで欲しいわけじゃなかったんだけど。
受けなきゃ男が廃るな・・・。
そうか、思いを受けるんだ。
フィギュアじゃない。
フィギュアをきっかけにした思いを受け取るんだ。
「わかった。ありがとう・・・」
僕は受け取るとジッと見た。
「やっぱりこれ、エロ可愛いよね」
初めて二人が破顔する。
でも二人は言葉が続かなかった。
以前の二人なら、これでもかと湯水の如く詳細に解説したろうに。
少しだけ関係性が変化したのかもしれない。
座った後も二人はこちらの様子がきになるのかチラチラと見るが無言。
(あ・・・そっか、僕が無言だった)
思えばこれまで大体マキが話だし僕が突っ込んで二人が変化球を投げる。そういう関わりだったかもしれない。そのマキがいないわけだから。そういう時は僕が振っていたな。わからないものだ。暫く一人で食べるのに慣れていたせいか、無言がデフォルトになっている。
困った。
前は何話してたっけ?
「ナガミネってさ・・・結構、可愛いよな」
僕はゆっくりと喋りだす。
二人は静かに聞き入り、ほとんど僕の独演会のような昼休みになる。
元の関係性に戻るにはしばし時間が必要だと感じた。
あの何気ない時間がこれほど貴重だったとは。

(それが感じられただけでも無駄じゃなかったな)

Published in黄色いレインコート麗子

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