その光景は鳥肌ものだった。
全STGがカタパルトにセット。
出撃準備に通常より準備がかかっている。
これだけの数だ。いつもの調子で出撃していては時間差が相当でる。
同時期に宙域へ出現出来るよう特殊なカタパルトへ移送されているのだろう。
様々な形のSTG。
様々な色。
ひと目で高レベル帯とわかるもの。
同じ迷彩やロゴは部隊員だろう。
動きを見ていると、同じ部隊員や出撃前に小隊を組んでいると近くに移送されるようだ。
”STG28在来機・全機出撃します”
「全機?・・・搭乗員がいないだろ」
明らかに足りてない。
アラートよりも下手すると足りていないかもしれない。
(それは言い過ぎか?いや、明らかに少ない)
作戦参加リストに目を走らせる。
「なんだこれ・・・」
並んだSTG28はまさに全機と言える数。
どんな魔法を使ったんだ。
「ビーナス、搭乗員がいないSTGまで出ているぞ」
フレンド機体としてマイルームにいるはずのプリン。
彼女のSTGもリストにあった。
サイドモニターにビーナスが出る。
「搭乗員がいないSTGはパートナーが搭乗しています」
「なんで!」
「全機出撃命令時の仕様です」
「そんなの初耳だぞ」
「緊急事態要項関連仕様書に記述があります・・・」
「上目遣いするな!」
落ち着け俺。
「申し訳ありませんマスター」
「いや・・・こっちこそ悪い。自分が勉強不足なのに・・・」
彼女は微笑を浮かべ、消える。
サブモニターにマイルームの映像を出す。
プリンは間違いなく眠っていた。
「アームストロング応答してくれ」
アッパーモニターにプリンのパートナー、アームストロングが映る。
ビーナスの証言どおりか。
「シューにゃん、マスターのこと本当にありがと」
「いや。出来ればプリンはログアウトさせて欲しいんだけど、俺から言っても受付ないんだっけ?」
「うん。ごめん・・」
「仕方ないな」
「事前にそういう打ち合わせしてあれば出来たんだけど・・」
「そうなんだ・・・(知らないことばかりだ。今度、生きていたらプリンに言っておこう)」
男性アバター。というより少年。
十代中頃の年齢を想起させる表情と身長。
かなりのイケメン。
小柄。
ショタ好きなんだろうか。
(そうとも言えないか)
俺も必ずしもパートナーに理想像を詰め込んだわけじゃない。
自身のアバターもそうじゃないからな。
「小隊を組もう」
声を出しながら自分が緊張していると気づく。
彼の表情が曇る。
「ごめんシューにゃん。緊急事態時に強制出撃した僕達はマザーの管理下にあるんだ。だから小隊は組めないんだよ」
「マジか~・・・」
「ありがとう」
宇宙人は本当に味方なのだろうか。
プリンから聞いたSTG28都市伝説。
”宇宙人が実は敵”
あり得ない話ではない。
考えてみると敵宇宙人は見たことがあるが、味方宇宙人は見たこともない。
(しかし・・・どうも引っかかる)
知らずサブモニター、いつもいるパートナーの方を睨んでしまう。
「彼女のせいじゃないんよ。どうにも出来ないんだ」
「ああ・・・すまん。そういう意味じゃないんだ」
(いや・・・まてよ)
「ビーナス、マザーとオンライン」
「了解マスター・・・接続しました」
「マザー、プリンのミネソタと小隊を組みたい」
モニター越しのアームストロングが驚いて見ている。
「正当性を示す理由を述べて下さい」
マザーの回答はいかにも機械といった風情。
今となっては逆に安心すらする。
人間とは欲深いものだ。
無いもの強請りが過ぎる。
「単騎野良で戦闘をするより小隊の方が活躍の可能性があるでしょ?」
「正当性を示す理由になりません」
「戦闘スタイルを見てよ。俺とミネソタはいつもペアでつるんできた。ミネソタがオフェンス、うちのホムスビがディフェンスで行動している。単騎より遥かに戦績はいいはずだ」
どうでる?
連中は俺たちの意思でSTG28は運用されていると言った。
正当な理由があってもそれを拒めむなら何か意図があるからと考えられる。
元々敵わないのがわかっているのであれば小隊を組むぐらいなんでもないはず。
ましてや俺のSTGならゴミ同然だろ。
意外な答えが返ってきた。
「確認しました。小隊を承認します」
「・・・サンキュー!愛しているよ母さん!」
「以上通信終わり」
「マザーのコントロールを離れました。シューにゃんの管理下につきます」
「オーケー!ビーナス、頼む」
「了解しました」
まさか本当に承認されるとは。
普段の行いが直に影響した。
奴ら側に隠れた意図はないのか?
大概上司ってのはヤバイ時ほど部下の言うことは聞かないもんだ。
それが例え決定的な誤りに思えるようなことでも自らの行いを是正することが出来ない。
そして後から言うんだ。
「お前の言う通りだったと」
同時に一つの疑念が解決する。
パートナーもマザーの一部にしか過ぎないということ。
インターネットと同じで個々のパソコンには個々の判断がある。だからマザーとパートナーは厳密には違う。総意は総意。個々は個々。それぞれが個我をもたされている。勿論、してはいけないルールは拒否出来ないだろうし、仕様にないことは出来ないだろう。でもそれはやってみなきゃわからない。少なくとも搭乗員からは見えない。
「シューにゃん・・・本当にいいの?」
申し訳なさそうな顔をしている。
「いいもなにもフレンドだろ。寧ろこっちこそ悪い。諜報装備で小隊組むなよって話だ。普通なら誘うのはオフェンスだからね」
「ありがとう・・・シューにゃんは優しいね」
「よく言われるよ」
彼は笑った。
実際よく言われる。
でも、個人の心情としては複雑だ。
「プリンが何時も君の話をするよ。これ内緒だけどね」
アームストロングは笑う。
可愛いな。
(内緒か)
本当に内緒と言ったのだろうか。
パートナーのAIはどころまで独立性が維持されているのか。
「・・・」
ビーナスはダンマリか・・・俺が気まずい。
「お前、何か言いたそうだな。言っていいんだぞ」
「いえ・・・。マスターは優しいです」
「嘘を言え嘘を」
思わず素で笑ってしまう。
二人も釣られたように笑う。
「ビーナス、サブモニターに常駐でオンライン」
「マスター・・・わかりました」
サブモニターにビーナスが出るが困惑しているようだ。
人間でもどう接していいかわからない時にこういう顔をしがち。
そもそも常駐を禁止したのは俺自身だ。
「やっぱり顔が見えているって安心するな」
彼女は驚きの表情を見せる。
(こういうの見せられちゃうとやっぱり情が移っちゃうよなぁ)
洗脳、洗脳、カルト、カルト。
(美人の笑顔はパンチ力が強すぎる・・・わかっちゃいるけど勇気がわく。身体は正直だ)
それはそれ、これはこれ。
あくまでもAIに情はない。
あっても、情報の情だ。
でも、今はそれが唯一の癒やしだけど。
(そういえばケシャはどうしているんだろうか)
「ビーナス、ケシャはいるのかね?」
「はい、オンラインしています」
「乗ってるのか・・・」
(連絡は無し・・・か)
いつもケシャはプリン経由で来る。
俺からは誘ったことはないし、誘うと思ったこともない。
苦手意識は無いつもりだけど合う合わないで言ったら合わない方だ。
「どうされますか?」
「シングル?野良パーティー?」
彼女は部隊に所属していない。
「シングルです」
「そうか・・・まあ、いいや」
混戦時に機雷をマニュアルで巻かれたら接触しかねない。
恐らく彼女のことだ気にしないだろう。
何か別なことを楽しんでいる気がする。
自己の世界しか見えていないというか。
「出撃準備完了しました」
移送が完了したようだ。
緊張感が鰻登り。
本拠点から行き先を示すワープリングが灯る。
緑色の巨大なリングが幾重にも幾方にも発射。
そこをガトリング砲の弾丸のようにSTG28が高速に射出され消えていく。
アームストロングとビーナスが目を合わせ頷く。
「ホムスビ」
「ミネソタ」
「出撃します!」
二人の凛々しい声が船内に響く。
「了解!」
(危なく「生きて帰ろうぜ」と言いそうになった。それはフラグだ)
星が帯びを引き、次の瞬間には点になる。
何度見ても感動するこの演出。
本当に自分がスペースパイロットになったような錯覚をおぼえる。
憧れだった。
夢だった。
それも最後なのか。
これが最後なのか。
本当に地球は終わりなのか。
わからない。
数秒でもない宇宙旅行の後、目的地へ到達した。
「作戦区域に到達」
「アームストロングは」
「生存。ホムスビの二セクト圏内」
出撃前に小隊を組んでおくと近くに射出されるようになっている。
「アームストロング、ホムスビの一セクト圏内に入ってくれ」
「わかった」
幼い声で応える。
少年兵のようで本音は落ち着かない。
大人としては居心地が悪い。
「ビーナス、ミネソタを確認後、スネークを展開」
ミネソタが網の圏内に入った。
「スネーク、展開します」
諜報装備スネークはステルス性の高い網をSTGの全方位の一セクトまで広げ自機及び網の内側にいるSTGの存在を完全に消すことが出来る。ただし発動時に網の中にいることが限られ、メインウェポン扱い。その上、展開の速度はともかく回収から次の行動への動作が遅い為、扱いどころが難しい。
船内が真っ赤に染まる。
「どうした」
モニター右端に表示していた出撃リストが一瞬で数ページ赤くなる。
STG28のリストが次々と赤く塗りつぶされる。
戦局に著しい動きがあった際、警告を促す意味もあり船内が赤く染るようになっている。
船内の色で大体事態の深刻さがわかるのだ。これはプレイヤーによってはオフにしているようだ。
STG28の出撃リストが次々と赤く塗りつぶされる。
「マザーが攻撃を開始したようです」
「攻撃?ターゲットはどこ?見えないぞ」
索敵はいらないとか言っていたが、ブラフか?
「目の前です」
「目の前?」
「私達はブラック・ナイトの直上にいます」
「えええ!」
それは余りにも大きすぎた。
ようやく理解する。
モニターの上方には溢れんばかりの星が見えるのに、下側は漆黒。
「この、この真っ暗なのが・・・この塊が・・・」
「ブラック・ナイトです」
さっきとは別な意味で鳥肌がたつ。
大きすぎてモニター越しには端が見えない。
レーダーモニターで初めてその巨大さが認識できた。
気づけば爪もみをしている自分がいる。
心臓がダンスを刻む。
その間、次々とリストが赤く染まっていく。
それに続き黒いリストが埋まりだす。
「ビーナス、この黒いリストはなんだ?」
「消滅です」
「消滅?・・・消滅って、なんだ」
「この次元から消えたことを意味します」
「しょう・・めつ、消滅。(消滅って何だ・・・この次元から?どういう意味だ)」
白は無傷。
青は小破。
黄は中破。
赤は大破。
それだけだと思っていた。
黒が・・・消滅。
(跡形もない・・・)
警報音。
「どうした?」
「ブラックナイトに近すぎます。このままでは落ちます」
躊躇った。
パートナーを信用していいものか。
もし本当にこれが終わりなら下手すると・・・。
「操舵を頼む」
「了解。アームストロング、シンクロして下さい」
「わかったよビーナス」
「マスター安全圏まで距離をおきます」
「頼む」
ゆっくりと動き出す。
「ビーナス、こんなにゆっくりでいいのか?」
「その方がステルス性は維持され危険性は少ないと思われます」
スネークは高密度のエネルギー障壁を形成し防御能力も極めて高いが、機動性は著しく損なわれる。移動の為の出力を上げることで隠蔽性が低下する。
「そうか・・・」
無知とは恐ろしいものだ。今まで知らなかった。
委ねるしかない。
俺が把握出来ていることなんてビーナスの足元にも及ばないんだ。
「敵の攻撃が見えない、どうやって攻撃している?」
リストは次々に赤から黒に変わる。
凄まじい速度。
なのにターゲットが攻撃しているようには見えない。
静かだった。
「ブラックナイトの攻撃は我々には未知のものです」
無力。
余りにも無力。
身体が震えていることに気づかなかった。
急性アル中でぶっ倒れた時もそうだった。
真夏で三十五度を越す室温。
寒いはずもないのに身体が震えて止まらない。
でも気づかなかった。
気づいてからはあっという間。
まるで壊れた玩具のように震え出し、止まらなくなる。
(マザーは何が攻略方法があるのか)
あの一糸乱れぬ動きはマザーがパートナーの搭乗するSTGを操舵しているのだろう。
宙域では彼と同じように漂うだけでまだ行動を起こしていない者が大多数だった。
パートナーはSTG28のことしか知らない。
ということはST20のことを知っているのは。
「マザーとオンライン」
「了解マスター」
「マザー、どういう作戦だ」
「現在は有効な情報を収集中。ブラック・ナイトに様々な接触を試みています」
「STG20での戦闘ではヤツに有効な装備があったんだろ?」
「必ずしも有効ではなかったようです」
馬鹿げている。
考え落ちか。
頭のいいと思っているヤツがやりがちな部分だ。
考えだけで、理論だけで完璧。
全て出来る気になっている。
「実験していないのか?」
「ブラック・ナイトでは実験が不可能な為、実験即ち実戦です」
「そうなんだ・・・」
宇宙人共も認知していない能力があると言っていた。
こいつらが本当に退けたいと思っているのならだけど。
奴らの動機はなんだ。
ブラック・ナイトもそうだけど、このマザーコンピューターの裏側にいる宇宙人らも。
「有効な方法を改めて探っているっていうレベルか」
希望があるのか?
「いえ、ブラック・ナイトに有効な攻撃は確認されていません」
「じゃあさっきから何やってる?」
「ブラック・ナイトの情報は常に不足しています。物理的な宙域での影響、物質の変化をSTG28のセンサーを使用し収集しています」
「なんであんな無意味な突撃を繰り返している?距離をとればいいだろ」
「彼へ一定距離近づくことで、どう影響があるか、生命体のいない物質の物理衝突でどう反応するか、可能であれば組織の採集を試みています」
それは奇妙な編隊だった。
マザーが操作しているSTGの動きを見ると、まるで敵宇宙生物と同じ。
集団自殺のようで見ていて気分が悪い。
大量の赤いリスト、そして黒いリスト。
これらを見て心理的に臆する人間の気持ちがわかってないのか?
(まてよ・・・もう人間なんて関係ないのか・・・これが終わりなら)
最初は真っ直ぐブラック・ナイトへ突撃していたのに、今は花が開くような動き。
雄しべや雌しべに相当する中央の群体は概ね真っ直ぐ彼へ突っ込み、周囲の編隊は反り返るように動いている。例えるな蕾から花が大きく開くように。
幾ら人間が乗っていないからって、パートナーはどういう気分だ。
AIだから気分も何もないのだろうか。
でも、共に歩んだのは人間だぞ。
愛着だったあるんだぞ。
モノにだって魂は宿るんだ。
俺だって・・・。
「マザー、ブラック・ナイトを倒す気あるんか?」
「短期的にはありませんが、長期的には目標です」
「地球はもうお払い箱か」
「地球は我々にとっても希少な星ですが、現時点では保護不能です」
「その集団自殺のような行為に意味があるのか?」
「あります。先程も申したとおり情報収集の為です」
「俺たちはどうすればいい?」
「それは地球人同士で考えて下さい」
「最もだな・・・」
波のように繰り返される行為。
あり得ない話しだが、サンマの群れが巨大なシャチに襲いかかっているようだ。
寧ろクジラかもしれない。
「アイツの目的はなんなんだ・・・」
ほんの独り言レベルの発言だった。
特に考えなしに口をついた。
無意識の言葉。
「それは判明しています」
「え?わかってるの」
自分で聞いておきながら自分で驚く。
目的がわかっている。
動機がわかっている。
普通それが最もわからないものじゃないか。
事件でも事故でも。
原因がわからなくて苦労するというのに。
ましてや異生物だろ。
「食事です」
「食事?」
「ええ。ブラック・ナイトは星ごと捕食します」
「食事・・・」
それ以上何も言えなくなった。
脳が回っていない。
普通過ぎる。
人間の自然を蔑ろにする行為に腹を立てたんじゃないのか。
人間を排除する為に出現した謎の生命体でもないのか。
(食事?・・・単なる)
でも規模が違いすぎる。
自分が昼に食べた玄米混ぜご飯が思い出される。
ブラック・ナイトを見た。
そもそもコイツは生命体なんだろうか。
大きな闇にしか見えない。
実映像モニターでは表面が全く見えない。
レーダーモニターには輪郭が描画されているが、巨大なナマコみたいな外形をしている。
「ビーナス、ブラック・ナイトの表面をどこでもいいから拡大してくれ」
「了解」
真っ黒だ。
暗黒。
単なる暗黒。
全くわからない。
「表面はどうなってるんだ?」
「不明です」
「不明?お前たちの文明をもってしてもわからないのか」
「はい」
「出来るだけ拡大してくれ」
「了解」
闇が広がっている。
真の闇。
何も無い。
虚無。
(また鳥肌だ・・・)
腕から背中にかけ、何かが走り抜けたような感覚を受ける。
生唾を飲み込み、腕をさする。
(これが宇宙人?この巨大な実態の無い黒ナマコがか。信じられない)
「マザー、簡単に言うと・・・コイツはなんなんだ」
「星を食べる生命体です」
「生命体?・・・コレが・・・この・・・黒ナマコが?」
星を食べる・・・宇宙人。
餌を求め大宇宙を流離う黒ナマコ。
この巨大さ、さぞや食べるだろう。
象だって三百キロとか食うんだろ。
水だって百リットルとか飲むらしいじゃん。
お前ならどんだけ食うんだよ・・・。
「マスター?」
知らず笑っている。
笑いは狂気に一歩手前らしい。
「そりゃそうだよな・・・」
「マスター、心理グラフに異常がみられます」
「腹減ったんだな・・・わかるよ」
「マスター・・・」
「黒ナマコさんよ・・・地球は美味そうかい?だろうな」
涙まで出てきた。
理屈はわからない。
でも、何故か全てが飲み込めた気がする。
地球は食べられようとしているんだ。
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