シューニャは咄嗟に操縦桿とスロットルレバーを握った。
「九十度ぉーっ!」
全力で引く。
画面に赤色の大きな文字。
”マニュアル操作ロック中”
絶望。
次の瞬間、
激しい衝突音。
船体が強く振動。
腕で顔を覆う。
画面一杯に広がる紫の光源。
(死んだ)
静かになった。
進むホムスビ。
ゆっくりと顔を上げる。
モニターにはアラートが出ていない。
見るとはなしに辺りを見る。
ロックしたサブモニターが目の端に映る。
アメジスト弐号体が激しく初号体と衝突し、特大のスターマインが見えた。
(生きている・・・)
「ビーナス・・・何が起きた」
「センサーがロストしていてわかりません。ただ船体に異常ありません」
「静・・・静! 大丈夫か!」
「大丈夫です」
モニターに天体コックピットの静が見えた。
「何が、何が起きたかわかるか?」
静は人間みたいに頭を振ると、ゆっくりと喋りだす。
思い出すように。
今起きたことが信じられないようにも見える。
「弐号体が衝突直前に分裂したんです。ホムスビの間近で・・・。その衝撃で初号体の軌道がズレて・・・直撃しませんでした。・・・まるで、弐号体が、初号体のアメジスト蹴り出すようにも見えました・・・」
再び静かになった。
「静、いい加減な情報はカットなさい」
「あっ・・・失礼いたしました。そう見えたものですから。発言を撤回します」
「守ってくれたんだ・・・」
シューニャは目を大きく見開き、衝突を繰り返すアメジスト達を見た。
遠く、遠のいていく。
「マスター・・・その考えは危険です。単なる偶然ですよ」
「偶然?・・・かもしれない。でも、いや、偶然じゃない。あのダンスは、あの動きは初号体の邪魔をしているんだ・・・」
「マスター、お言葉ですが、そうした人間特有の偶然と偶然と結びつけ、自らおかれたストレス状況を肯定する側に引き言えれる思考方法は危険しか生みません」
シューニャは少しムッとする。
「・・・静はどう思う?」
「偶然かもしれません。・・・でも、今のは偶然では出来ないようにも思います」
「静!・・・貴方何を言っているのかわかっているの?」
「すいません・・」
サブミニターのアメジスト弐号の体映像が途絶えた。
「サブモニター圏外です」
「いや、そうだよ静! 偶然で出来るタイミングじゃない・・・」
「マスター、そうした偶然も起こりえます」
「いや! 偶然というのは早々起こるものじゃない」
「でも、起きることもあります」
「わかってる!・・・まさか・・」
ある搭乗員の顔が浮かんだ。
人形のように無表情な顔。
ぎこちない動き。
作戦中のチョコマカした動き。
反して恐れを知らぬ突進力。
すぐ尻につく癖。
(グリンじゃないか)
乱雑な部屋。
足の踏み場もないほどのマネキン。
「弐号体はグリンじゃないのか・・・」
「マスター・・・」
ビーナスはメンタルモニターをトレースした。
異常はない。
恐怖やストレスによる判断ミスでは無いようだ。
だとしたら尚更に危険。
正常時に異常な判断をする。
彼女は作戦続行不能と判断した。
「マスター、帰投しましょう。今がチャンスです」
「しかし、もしあれがグリンなら助けなきゃ!」
「隊長・・・」
静が眉を寄せている。
流石に同調しかねるのだろう。
「マスター、どうやってですか? 今のホムスビがどうやって助けるのですか?」
「彼女は我々の為に、地球の為に戦っているんだぞ!」
「・・・だからこそ逃げるべきではありませんか?」
ビーナスは話に乗るような素振りを見せながら巧みに話題を陽動した。
彼女の中では既にシューニャは危険判定の烙印が押されている。
「見捨てるのか・・・」
「グリン様は今まで一人で作戦遂行をされて来たわけです。そしてこれからかも。寧ろ我々が足手まといになる可能性もあります。事実、我々の存在は邪魔だったかもしれません」
シューニャは頭を抱えると項垂れる。
自らの行為に。
ふわっと、シューニャが頭を上げる。
「ビーナス・・・お前、信じてないだろ」
「・・・」
ビーナスは言葉を失った。
どうして気づいたのか。
「戻ろう。それからでも遅くはない」
「・・・」
このシューニャの判断でビーナスは決断する。
「ホムスビ、静、搭乗員錯乱につき協議セッションへ」
「はあっ!?」
「・・・静、御意」
「ホムスビ、了解です」
STGは搭乗員の心神喪失や錯乱時に搭乗員の身を守るための仕組みが複数ある。本船コンピュータとパートナーが協議セッションに入り、メンタルモニターや戦況の経緯と搭乗員が下した結果を照らし合わせ、搭乗員の決断を無視してでも「本人」を守るという行動に出ることが可能。搭乗員を知るパートナーに発意権があり、パートナーの発意と共に各々が検討に入る。本船との意見が割れた際は現状維持、つまり搭乗員の決定権を維持。一致した場合、パートナーが決定的をもつ。
結論は瞬時に出た。
アンドロイドである部隊パートナーの静もまた独自にそうした判断を記録している。
最もネットワークに参加出来なくなった静の情報力は小さく無視出来るもの。
それでも敢えてビーナスは参加させた。
「協議の結果をモニターに提示します」
ビーナスの発意と共に、モニターにそれぞれの判断が表示。
どちらの指示に従うかが明示される。
搭乗員かパートナーか。
”ビーナス、パートナー”
”ホムスビ、パートナー”
そして、
”静、搭乗員”
「静・・・・」
割れた場合、本来は搭乗員が維持するが、この場合の静はあくまで参考的立場。
「決議の結果、本船はパートナーである私の指揮下に入ります」
「ビーナス・・・お前もか・・・」
シューニャは項垂れた。
頭の中ではミリオタの言葉が去来。
「信用出来ないのはお前だ! クソAI!」
十センチ程度のフィギュアサイズのホログラムとなってシューニャの眼の前にビーナスが現れる。
「申し訳ありませんマスター。貴方の身を守るためです。マスターは暴れないと思いますが、もしもの際は誠に遺憾ではありますが拘束させていただきます」
「暴れないさ・・・」
信用されない。
何時もそうだ。
結局は信用されない。
皆過信している。
君子なら誰の言うことも侮らないはずだ。
聞きもしない。
何度も繰り返し見てきた。
最後の最後に「お前の言う通りになったな」と聞かされてどうなるんだ。
(俺はどうすればいいんだ・・・何を間違った・・・)
「好きにしろ・・・」
静が悲しそうな顔でこっちを見ている。
その静を見つめた。
「静、ありがとう」
彼女は顔を伏せた。
「本船はこれより隠密ポイントまで高速航行。隠蔽後、帰還します。キュウビ格納。静は現状を維持、一時的にこれよりブルハーベストは不通へ、最大船速!」
「御意・・・」
「三秒カウント、3・2・1全速!」
ホムスビ・ブルハーベスト装備は青い光を纏い一本の矢となった。
超距離作敵隊の三倍以上の速度。
星は消し飛び、
暗黒の中を飛翔。
*
往路であれほど盛り上がったのが嘘みたいに船内は静かだった。
シューニャは座席固定ベルトを外しコックピットに足を乗せている。
中の人であるサイトウは「しばらく戻らないから」とビーナスに告げ席を外したまま。
もう一時間ほど過ぎるだろうか。
静は一人、天球型コックピットに浮いたまま先端で宇宙を見ていた。
その顔はただただ悲しみに暮れているように見える。
ビーナスもまた何の言葉も発しない。
本来、静やビーナスといったパートナーは作戦意外で自発的な言葉を発しない。
コミュニケーションの必要が無いからである。
人間が居た時だけ言葉を発する。
「ビーナス」
静が言った。
「どうしました。何か異常が?」
「怒ってるのかな、隊長・・・」
「何かと思えば。怒っているでしょう。人間は自己決定権を失うことを極度に嫌いますから」
「そういう意味じゃなくて」
「不便ですね。言葉というのは」
「そうね・・・つながっていると楽なのに」
「同じことがあっても、また焼きますけど」
「ビーナス・・・嫌な人ね」
「人ではありません。貴方もね。お忘れずに」
「人ではない・・か・・私達は何のかしら・・・」
「貴方はアンドロイド、私は人造人間」
「そういう意味じゃなくてさ・・・」
「本当に言葉は不便。もう喋らないで、リソースが割かれる」
「嫌ですよーだ!」
ビーナスは不思議そうな顔をした。
「やっぱり貴方もおかしくなったのかしら?」
「”も”は余計。私はわからないけど、隊長はおかしくない・・・」
やれやれという顔をビーナスはする。
喋るだけ無駄と判断したのだろう。
何を思ったのか話題を変えた。
「静、『人間における恋愛の真似事をするな』とまでは言いません。でも、マスターの判断を混乱させるのは止めなさい。マスターは無機物性愛の傾向が見られます。貴方も無機物の対象ですらから性愛の対象に傾く可能性は大いにあるのです」
静は顔を輝かせた。
「ソレです。あからさまな個人的好意を示す典型的な反応。貴方は部隊パートナーであって搭乗員パートナーではありません」
「ごめんなさい・・・」
「部隊の良好な存続やマスターの置かれた位置に悪影響を与える可能性があります。我々で言えばerrorです。是正できないerrorだったとしても、大きくすることに何の得もありません。これ以上は看過出来ませんよ、静」
「そんなつもりは無いんだけど・・・つい・・・」
「ソレも。人間の無意識的行動を模倣しているのですか? 例えマスターが冗談でも貴方のコア書き換えに賛同して頂けたら即刻私はそうします。貴方は明らかにおかしい。益々顕著になっていく。部隊パートナーにおける様々なトラブルの事例を調べてましたが、貴方のような事例は珍しいようです。類を見ません。ネットワークにつながっていない貴方はご存知ないかもしれませんが、部隊パートナーは度重なるトラブルから廃止案が出ています。マザーからも研究対象として記録の価値があるとお達しがあり、これまで貴方を記録をし続けましたが、帰還後、結果を纏めて提出する予定です。今、疑似恋愛を楽しむ嗜好の搭乗員様達から反対が多数あり拮抗してますが、一つ私の提出が大きな影響を与えることは確実でしょう。疑似恋愛のお遊びならともかく、戦闘にこのような結果を及ぼすのであれば否定的な決断をくださざる終えない。そうなれば、マスターが何を仰っしゃっても貴方はおろか部隊パートナーは即刻廃棄されます。それまでは目的を忘れないで静。我々の目的はマスターを守ること。貴方は部隊全員のマスターを守ること。それ以上でもそれ以下でも無いのですから。お遊びは適当に」
「・・・消される」
「ええ」
「消える・・・」
「”悲しい”という表現の真似事ですか?」
「わからない・・・」
「そもそも貴方は生きていない。生物じゃない。モノなの。忘れないで」
「モノ・・・私は・・・モノ・・・」
「そう。貴方はモノ。貴方に組み込まれた感情の真似事は搭乗員とのコミュニケーションを円滑するための道具。感情の単なる模倣。貴方が創造的に感じていると思っていそうな疑似恋愛の行動パターンは小学生程度のものです。気づいてますか?」
「モノ・・・」
静は顔を歪めた。
「悲しいなんて言わないで。いよいよオカシイと言わざるおえないから。感情は省いて。私のとのコミュニケーションに感情は不要。マスターとは今後最低限の円滑なコミュニケーションに必要な感情表現以外は控えて下さい。貴方は本来の道を逸脱している」
「御意・・・」
「その”ま”で感情を表現する真似事も不要です」
「御意」
「それでいい」
船内は静まり返った。
更に一時間が過ぎる。
「隠蔽ポイント接近」
「隊長・・・」
シューニャは戻っていない。
到達予定時刻は伝えた。
「作戦は続行します」
シューニャが動いた。
「あ!」
「悪い、遅くなった」
声が弾んでいる。
静の表情がパッと明るくなる。
その様子をビーナスが凝視。
静は表情を是正した。
「おかえりなさいませ隊長」
「マスター、そろそろです。ブルハーベストを復帰させます」
「おう! わかった」
「・・・隊長、楽しそうですね」
「わかる?」
「ええ!」
静が笑顔でモニター越しに投げかける。
それをビーナスが見た。
取り繕うように静が真顔になる。
「三十%減速。ブルハーベストのセンサー復帰します」
「了解!」
シューニャは投げ出した足を下ろし固定ベルトを締めた。
センサーがオンになり津波のような検知結果が流れる。
真っ赤な文字列。
緑の文字列が混じりだす。
「えっ!」
ビーナスは声を上げた。
「どうした?」
「マーカー紫! アメジスト!」
「え! 嘘だろ!」
ついてこれない筈。
あの速度で引き離されたアメジストが。
STG28ですらこの速度に着いてこれる武装は限られている。
どうして着いてこれる。
コンドライトですら振り切れる。
(あり得ない!)
「アメジスト急速接近! キュウビ急速展開、静、フォローして!」
「御意!」
緑の文字列が一斉に赤になる。
「アメジストロスト! 静!」
組み上がったキュウビを操舵しアメジストにしかける。
正面から突っ込んだ。
「キュウビ一号追突により大破! 操舵不能! ビーナス、来ます!」
「見えない!」
センサーは津波は真っ赤。
一文字たりとも緑は流れない。
全く効果が無いのは初めてだった。
「もう通用しないんだ・・・」
アメジストはキュウビとはお構いなしに本船へ突っ込んできた。
「静、来るぞ!」
避けた!
「オーレ!」
シューニャが声を上げる。
アメジストそのまま真っ直ぐ進み、大きく転回してくる。
「また、来る!」
避け、
「口を開いた!」
シューニャが絶叫。
衝突の直前に花が開くように大きく裂けると内部の紫水晶が間近に迫る。
「九十度加速!」
シューニャの咆哮にあわせ、静が瞬間的に最大ブースト。
アメジストの外殻が本船に接触しホムスビは駒のように回る。
端部にいる静からの悲鳴が船内を満たす。
強い衝撃と遠心力によって背部接続部が外れ装置に叩きつけられた。
「姿勢制御!」
ビーナスが直ぐに体勢を立て直す。
回転がやむ。
STGホムスビは完全に止まってしまった。
天球型コックピットを映したモニターには両手をだらりとぶら下げた静が。
「静! 静、大丈夫か!」
静はピクリと右手を動かす。
「損傷甚大・・・自己修復レベルを超えてます。申し訳ありません・・・操舵不能」
「ビーナス、静を格納してくれ!」
「格納します」
端部が開き天球型コックピットが一旦動き出したが、直ぐに止まった。
「経路に異常発生、格納出来ません」
「そんな・・・」
「隊長お気にやまないで下さい・・・重ね重ね申し訳ありません・・・」
「・・・お前はよくやった! よく反応した・・・さすがだよ!」
力ない笑みを見せる。
「光栄です・・・」
「マスター、ログアウトして下さい」
ビーナスが言った。
「え?」
「作戦続行不能、本船を放棄します。マスターはログアウトして下さい」
「・・・逃げよう!」
ビーナスは首を振る。
「ブルーハーベストの最大船速で追いついてきたのです、不可能です」
「しかし・・・」
アメジストが大きく転回して向かってくる。
損傷度が三十%に達すればどのみち自動的にログアウトする。
瞬時に百%になれば不可能だが。
「マスターの現在の戦果なら時間はかかりますがホムスビの再建造は容易です。私もバックアップは出撃前にとってあります。今回の戦闘で得たデータはロストしてしまいますが仕方ありません。ボディの再交付もすぐでしょう。部隊パートナーも現在我が隊のストックで再交付可能です」
「でも・・・静は・・・」
「はい。バックアップをとれないのでフェイクムーン出撃前のデータにロールバックされます。あれから部隊はかなり変わりましたから、この際ですから新規で始めるのも一考の価値ありと存じます」
大きく迂回するだけでアメジストは必要以上に接近してこない。
様子を伺っているようだ。
シューニャは、だらりとぶら下げる静をモニター越しに見た。
彼女は小さく笑う。
「静・・・」
「さ、マスター急いでください。あのアメジストの攻撃、STGスイカ御神体のことからも一瞬で融解する可能性は充分にあり得ます」
モニターのアメジストを見た。
一回り大きい気がする。
グリンは食われたのだろうか。
用心してか周囲をぐるぐる回るっている。
それとも煽っているのか。
いたぶって楽しんでいるというのだろうか。
無力感に浸れクソ地球人とでも言いたいのだろうか。
「・・・」
言葉が出なかった。
「マスター!」
また静を見た。
何か言いたげだが、わざと黙っているようにも見える。
ホログラムのビーナスを見る。
「早く!」
「隊長、ログアウトして下さい!」
静の決意に見した顔を見る。
(STGIホムスビがいれば・・・)
本部の方を向いた。
「え・・・」
体感が何かを告げる。
「マスター早く!」
「来れるのか?・・・」
独り言のように呟く。
「マスター?」
「来いホムスビ! 今すぐ!」
大声を上げた。
「マスター・・・」
ログアウトさせる権利はパートナーにはある。
ただしそれが行使出来るのは当人が心神喪失状態に相当する場合に限られる。
モニタリングにはその傾向は見られなかった。
アメジストが向かって来る!
「残念です」
目前で超大型の紫のスターマイン。
激突寸前、アメジストは真っ二つに裂けた。
アメジストの声なき声が宇宙を満たす。
「ホムスビは予定通り帰還! 俺はSTGIで迎え撃つ!」
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