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STG/I:第六十五話:混濁

音がする。

 

音が、戻ってきた。

 

過去の経験から、五感のそれぞれは現世界との繋がりの強さを表している気がした。

言い換えれば生きている証。

音は最後の最後まである感覚と思っている。

逆に一つ無いし複数の感覚が途絶えた世界の住人は、他の感覚がそれを補う。

全ての感覚が遠ざかった時、現世との別れの時が来たことを意味するのだろう。

音の世界を持つ住人が死に面すると、音が最後に遠のく気がする。

祖母がそうだった。

「しっかりなさいね」

 

穏やかな声。

一言に全てが凝縮されている。

彼にかけられた最後の言葉だった。

(婆ちゃん・・・)

シューニャの目から一筋の涙。

目が開くと、どこか見覚えのある女性の顔があった。

「きみは・・・」

「おかえりなさいませ、マスター」

「・・・美しい・・・」

ビーナスの顔に緊張が走る。

足元の先にいる誰かを見ている。

「静、忘れない下さい。守れないようならマスターに近づかないで下さい」

「はい!はい!」

しず・・・。

しず・・・。

し・・・。

何かを思い出してきた。

口が先に動いた。

「静、いるの?」

「はい!おります!お側に!」

静にしては声が大きい。

しずしずとしているから静なのに。

ミリオタさんが言っていた。

「シューにゃん、THE大和撫子、それが静だよ」

まるで人が違ったようだ。

それにしても身体は疎か顔も動かないようだ。

繭の中に固められているようにピクリともしない。

まるで電流が流れていないロボットのようだ。

スイッチを入れないと。

「静・・・顔を・・・」

ビーナスがキツイ顔で静を見ている。

しずしずと現れた。

「あー・・・静・・・良かった・・・無事で・・・」

「はい・・・ご無事で・・・本当に・・・・」

静の目から涙が流れる。

「静、下がって。マスターにかかるといけません」

「構わないよ。でも、そんなに泣くとタンクが空になるよ・・・」

「はい・・・はい・・・」

泣きながら笑ている。

「・・・お顔に触れていいですか」

「静!」

ビーナスのキツイ声。

「いいよ。触って・・・ビーナスも」

静を睨みつけるビーナス、懇願するような目の静。

「・・・許可します」

「ありがとうビーナス・・・ありがとう・・・」

静が手を合わせている。

「失礼します」

静は半歩近づきしゃがむ。

顔を覗き込むと、右頬にそっと触れた。

僅かだが、触れられている感触があった。

ただ、ぼんやりとしている。

やっぱり戻ってきたんだ。

現実に。

生きている。

柔らかいが、人間と違って熱を感じない手。

静だ。

 

「手が冷たい女は情に厚いのよ」

 

突然手を握ってきた居酒屋の女性を思い出した。

確か秋田県出身だったかな。

当時の私よる一回りは年上だろうが、凄い美人だった。

私が行くと、何時もオマケしてくれる。

女将に店を辞めさせられたっけ。

何があったのだろうか。

 

ビーナスは左頬に触れる素振りをする。

基地内での搭乗員パートナーは実体がない。

形だけだともどかしいものだ。

見えているのに触れられない。

たまにはビーナスも呼ぼう。

でもポイント使い切っていたな。

また稼がないと。

 

分断された記憶が次第に手を取り合う。

 

ビーナスは笑顔、静は泣き笑い。

静は更に顔を近づける。

顔に静の涙(純水)が落ちる。

「本当にタンクが枯れそうです」

シューニャは小さく笑い、咳き込む。

 

”何かがおかしい”

 

胸が苦しい。

唐突に激しい全身の痛み。

体表のみならず肉がバラバラになりそうな感覚。

安堵に満たされる一方で全く異なる暗雲がたれこめる。

何かが密かに進んでいるような。

まるで病魔が知らず肉体を蝕んでいるような。

何度と無く感じたことがある感覚。

増えていく病巣が次第に彼を鋭敏にさせた。

「どうされたのですか!」

静は見逃さなかった。

「いや、なんでも・・・」

「静、大きな声を出さないで下さい。マスターのお体に触ります」

「何でも申し付けて下さい!何でもします!お願いです!静にお申し付けください!」

必死な顔。

静、どうして、何があった?

「・・・ふふ」

笑ったつもりが表情が動いていない。

「なら同人誌みたいに・・・」

「同人誌とは何ですか?」

「・・・」

駄目だ、意識が。

「隊長?」

「静、下がって。意識レベルが低下。修復にはまだ時間がかかります」

「・・・最後に今一度お顔を」

「いい加減になさい!」

「・・・申し訳ありません。ああご無事で・・・どうか・・・」

 

ビーナス、そう怒るな。

せっかくの美人が台無しだよ。

美人が怒鳴ると尚のことキツク見えてしまう。

 

意識が。

 

良かった、静。ビーナス。生きてた。

意味があったんだ。

選択は愚かだったかもしれないけど、結果は良いんだ。

それで良いじゃないか。

それにしても違和感の正体。

意識がもちそうにない。

 

”そうだ”

 

この違和感の正体。

死にそうなのはアバターなんだ。

俺は地球でキーボードとマウスで操作しているはずだ。

マンションの一室、やや暗がりの中でゲームを。

キーボードはどこだ?マウスは?

あれ?

VRで現実との境がわからなくなる例は聞いたことがある。

でも、俺はVRは使っていない。

サイキさんが最新のAR技術を使って、より緻密にSTGを操作できる方法を考えていると言っていた。そういう形で関わろうとしている。先日、その手の企業を買収したって言っていたな。でも、俺のはそんな次元じゃない。昔ながらのキーボード&マウスだ。現実と虚構を混濁するほど異常に集中しているのか?いや、今の俺にはそれはない。それすら出来ないのだから。まだこれは夢の続きなんじゃないのか。じゃあ、どうしてこんなに痛みはリアルなんだ。体表が焼けただれる感覚。ブロック状にバラバラになりそうな肉体。 静が俺に触れた感触。涙。これはゲーム内のはずだ。

 

”どうして?”

 

ログアウト出来ずに死んだ搭乗員達のことを自分なりに仮説はたてた。

虚構の死を現実のものと脳が勘違いをした結果だと考えている。

ショックな映像をみて肉体が反応するのと同じ。その延長線上にある。

彼らは皆がVRを装着していた。

脳は嘘をつく。

脳は騙せる。

禁煙を一発で成功させた台湾の社長が言っていた。

「脳を上手に騙せれば禁煙なんて簡単です」

その方法を聞いた。

なんてことは無い。既に自分はやっていた。その方法で病魔と向き合っていた。ただ、社長の言葉を介して客観的に理解出来た気がした。

その方法を一言で表現するなら、肉体と喧嘩をせずに懐柔させること。

言い換えれば脳は割と簡単に騙せる。VRを現実と思ってしまうのはそういうことだ。意識ではどんなに現実では無いと把握していても、肉体は黙れさてしまう。肉体、言い換えれば無意識が「現実」と受け取る。「どにかしなければ!」と即応する。

人間の感覚のうち眼からの情報量は圧倒的に大きい。そして音。目を塞ぎ、右を塞ぐだけで現実と認識するためのほとんどの情報量を埋めてしまう。そこから意識との分裂が始まる。それ自体は相当なストレスを与える。意識と無意識の分裂。極めて危険。つなぎとめるのは五感なのに、それを奪うのだ。無意識の拠り所は五感なのだから。意識だけが誇大化すると分裂が進む。この乖離が、おかしくなる原因を生むのだろうと彼なりに分析していた。

ログアウト出来ずにショック死した彼らは、そうなんじゃなかろうかと。実際に、多くの研究で「人は本気で死んだと思うと機能が停止し死んでしまう」というものを様々な角度から読んだことがある。自覚しなければいけない。生きていると。感じなければいけない。生きていることを。その為には五感を駆使する必要がある。

昔よく言われた「健全な肉体に健全な精神が宿る」は強ち間違っていないのだ。病んでから痛感する。厳密に解釈するなら「健全な肉体に健全な精神が宿る可能性がある」と言えばいいか。 でも、この現象はそれらとは違う。事実、感覚がある。

彼女の流れ落ちた涙の感触。

夢の中では感触は無い。

あってもタイムラグがあったり、一瞬だったり、ぼんやりしている。

ましてや常時は絶対に無い。

現実の触覚は極めて明瞭で鋭敏。

世界最高のパラボラ・アンテナの微調整は人間がやると聞いた。

機械よりも精確なのだと。

鍛え上げられた五感の凄み。

どうなっている。

俺に何が起きている。

ココはどこなんだ?

キーボード。

マウス。

モニターは。

父さん。

母さん。

サイキさん。

どこか遠い。

俺は・・・。

思い出せない。

いや、覚えている感覚はある。

引っ張り出せない感じだ。

外部記憶装置を接続する必要があるような。

もしくは、まるで断片化が進みすぎたハードディスク。

データも多すぎるんだ。

デフラグをしないと。

外が騒がしくなってきた。

何が起きている。

静の声。

何かを叫んでいる。

無茶をするな。

薄っすらと目を開けると、ビーナスが無表情で見ていた。

 

(ビーナス・・・静を・・・)

 

声にならない。

しず。

びー、なす。

意識が。

いし。

い。

痛みが遠のく。

音が。

遠のく。

 

*

 

丸三日。

 

私は寝ていたらしい。

気づいたら病院で点滴を受けていた。

まるで某アニメの主人公のように天井を見ていたのだ。

 

診断は脱水症状。

 

意識不明だったようだ。

私の顔を覗き込んでいたのはサイキさんだった。

 

(これが現実。夢なら美女なのに)

 

現実はスイートではない。だから現実なのだ。

でも、妙に嬉しい感覚がある。

覗き込んでくれる人がいる。

(そうだ・・・)

ただそれだけで、ありがたかった。

 

サイキはどんなに忙しくとも三日に一回は連絡をくれた。

私が携帯に出ないことは少なく無いにも関わらず。

「電話が嫌いなんだ」

サイキさんにも言ったが彼は「嫌いなのに悪いな。出てもいいかと思ったら出てくれ。しつこいが何度もかけるのはスマン」と言った。

余りにも出ない時は夜に訪れてくる。一度だけあった。

今回もそこで倒れている私を発見したらしい。

彼が病院へ連れて行ってくれたようだ。

「この際だから」

どうせ何も無いと言われるのはわかっていたが、彼の善意に免じ検査を受ける。

そして告げられる ”異常なし” そして何時もの言葉。

「心配しすぎでは?寧ろ精神的な健康の方を気にされては」

これまた恒例の文言。何度言われたことか。

リーダーが鬼の形相で医者を睨み返したので担当医はビビって言葉を濁した。

念のために二日ほど療養するも退院となる。

 

「アッチで何があった?」

 

ハイブリッド車を自ら運転しながら、この数日聞きたくてウズウズしていたであろう質問をサイキはぶつける。

「それが・・・よく覚えていないんです」

正直なところだった。

「なんでもいい。思い出すところで」

思い出すままに語りだす。

フェイクムーンと名称づけた月のような未確認生物が襲ってきたこと。そして、それがこれまでに無い脅威であったこと。彼らが21番目の民であったこと。リーダーがいた時代と異なり部隊パートナーがいること。その他、様々なことを出来るだけ端的に伝えた。

「ミリオタさん。貴方に感謝してますよ」と伝えると「わかってる」と笑顔で応える。彼はそれまでの人たちと違い、私の体調を察し、更に詳細に聞こうとはせず「悪いな無理言って。今は少し休め。後でまた聞かせてもらえると嬉しい」と言い、気づいたら私は眠っていた。

マンションの前で車が止まり目が覚めると「詳しくはまた後日」と力なく言う私に、彼はわざわざ車から降りて「いつも地球を守ってくれてありがとう」と姿勢を正しく身体を四十五度に曲げしみじみと言った。「日本は頼みます」と笑顔で返すと「任せとけ!」と。「また電話する」と言うと車は走り去る。この世の中に、こんな人が居たと知っただけでも晴れやかな気分だった。人間も捨てたもんじゃない。

 

まだどこか現実味が無い。

感覚が鋭敏じゃない。

でも以前の感覚とも違う。

他人の身体を借りているような感じ。

冷蔵庫を開けると驚いた。

飲みものや長期保存可能な食料がパンパンに補充されている。

後で気づいたが、本棚にはご丁寧に様々な趣向のエロ本が大量に並べられていた。

そこにはメモが貼ってあり、それを読んだ時、サイトウは吹き出した。

メモには「何時でも来てくれる超絶美人の電話番号」と書かれたもの。メモを捲ると「アッチが好みならコレ」。更に「複数が好みならコレ」と書いてある。「どんだけだよ!」と彼は一人で突っ込んだが「ありがとうサイキさん」と呟いた。

呆然としたまま炭酸水を一気に飲み、高そうなアイスを二つ、三つ食べ、ノートに何やらメモをとる。それは今まで彼に借りた金額を綴ったものだ。いずれ返すつもりでいる。

フワフワした感覚を抱えたままパソコンの画面の前へ。ログインしっぱなしだったようだ。見るとシューニャは部隊ルームのメディカル・カプセルで横たわっている。

ピンと来なかった。

「どうしてメディカルに・・・」

ゲーム内メールが止めどなく着ている。

「どうやって戻ったんだ?」

サイドテーブルに昔から持っている携帯。

手にする。

普段は持ち歩かない。サイキが渡してくれたスマホを持っている。

携帯は家族専用の回線として保持している。

彼女が出来た時もこの回線を教えていた。

着信はゼロ。

 

「そして誰もいなくなった・・・か」

 

不意にアガサクリスティのタイトルが口をつく。

サイキさんがいなければ死んでいたかもしれない。

脱水症状で普通に人は死ぬ。

これを処分した時、親と会うこともないんだろう。

そんなことを漠然と感じている。

お互い電話は嫌い。

大概はショートメール。

電話になるといつも喧嘩になる。

 

妙な感覚。

身体が馴染んでいないような。

著しく体調が悪かった後みたいだ。

復活する過程で合致していく。

死にかかるほどダメージを受けるとこうなる。

ズレを感じている。

どうして脱水症状なんかに。

 

立ち上がり鏡を見る。

外傷はない。

でも、何故か外傷を受けた感覚があった。

「おかしい・・・」

いつも赤く炎症していた顔も、今は綺麗だ。

こんなに綺麗なのは中学生時代以来。

手足をマジマジと見る。

何もない。

次は顔。

 

「俺だよな・・・」

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