くそ!くそ!くそ!
なんでこうも次から次へと!
なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ。
身体は壊れているし、
誰も理解してくれないし、何の助けも無い。
仕事すらまともに出来ない身体の俺が・・・リーダーの慈悲で辛うじて命を繋いだだけの俺がなんで・・・こんな目に。
”いっそ殺してくれ!”
違う。
お前、それは違う。
言えんのか。
志半ばで本当に亡くなった人達に。
”出来ることに集中しよう”
ホーキング博士が言っていた。
出来ないことを悔やむ為に生まれたのでは無い。
出来ることに集中する為に生まれたんだと。
それを心の支えに乗り切ってきた。
仕事でも教えられたじゃないか。
「どうせ最後には皆死ぬんだから何を慌てる」
誰だったか。
パニくった俺に向かって、まるで日向でごろ寝しているような雰囲気で言った。
先輩の方が俺より事態は深刻だったのにも関わらず。
「隊長!俺たちも行きましょう」
「いや、私達は行きません」
「どうして?今恩を売っておけば取引の材料に出来るじゃないですか。正規メンバーにつけるかもしれませんよ!」
ランカーのこういう所がシューニャはいつも引っ掛かっていた。
情動ではなく何から何まで理性でやりとりする。
こういう人間は家族であろうが友人であろうが恋人であろうが取引材料にしか見ない性質をもっていると感じた。
そういうやり取りは政治家だけで十分だ。
「私達は遊撃隊です。今やるべきはアイツを迎撃すること。最優先事項です」
「あの・・・本隊から連絡が・・・」
泣きべそをかいたエイジが呟く。
「マスター、ちょっとよろしいですか」
ビーナスが語りかけた。
「どうしました?」
「静が覚醒しました。マスターを至急よんで欲しいと」
「隊長・・・本隊から『はやく出ろって』・・・」
本隊の通信係に脅されて怯えるエイジ。
真っ直ぐ私の目を見るビーナス。
「静に直ぐ行くと伝えて。先に彼女の元へ」
ビーナスは頷く。
ホラグラムが消える。
自分ではなくAIに応じた隊長に絶望を禁じ得ない様子のエイジ。
「エイジさん、つないでください」
彼は安堵の表情を浮かべる。
(この子は逃げないだけ偉いな)
僅かだか勝手にログアウトしている隊員もいる。
シューニャは知りながら無視していた。
「こちらシューニャ・・・」
「ブラックナイト!やってくれたな!サイトウか!宇宙人と内通していただろ!」
一気に緊張のボルテージが上がる。
(まさかアメジストの件?バレたか!?最悪のタイミングで)
だが、違った。
「スターゲイトが攻撃される前にどうしてわかった!」
冷や汗が出る。
彼は自分の額に触ると本当に冷たい汗が浮かんでいた。
(本当に出るもんだな・・・)
「公式スターゲイトはランダム編成を進言します」
「どうして?」
「どうして?・・・万が一のためです」
「宇宙人の内通者が!確実な証拠がないから生かされているようなものだが・・・」
心底呆れる。
この緊急時に愚痴と妄想が先んじるとは。
「言いたいことは以上ですか?」
「まだあるっつーの!言い足りないわ!」
「以上、通信終わり」
「まて!」
エイジが困った顔をしている。
またかかってくるのが怖いのだろう。
彼もまた新人の頃の電話番ほど恐怖はなかった。
見ず知らずの得意先から意味もわからず罵倒される日々。
それを伝えても担当者は「相手にすんな」の一点張りで、執拗に粘るとこれまた罵倒される。四面楚歌とはことのこと。ただ、あれは鍛えられた。
(・・この子には無理そうだな)
「アップリケすまない、通信変わってやって」
「えー!私ですか!」
安堵の一方で肩をすぼめるエイジ。
アップリケは、口は軽いが肝が座っている。
いい意味で鈍感だし。
「悪いね。頼むよ」
「じゃあ、私も隊長の一おっぱいの貸しですよー」
「だからその単位は止めなさい」
シューニャが笑うと彼女も笑った。
「エイジ、気に病むことはない。貴方の可能性を否定するものではありませんから」
彼は顔を上げ、捨てられた子犬のような顔でシューニャを見た。
「私はここでも使えない人間なんですね・・・」
「少なくとも君ぐらいの歳の私より使えるよ」
「慰めはいらないです・・・」
懐かしい会話。
当時、同じことを言われた。
「それに使えるか使えないかを自分で諦めるもんじゃない」
意味がわからないという顔を向ける。
そうだろうな。
今の君にはわからない。
でも、いずれわかるよ。
「ランカーさん、何かあれば連絡を」
「はい!」
彼は自分の地位が確固たるものになりつつあると勝手に思っているようだ。
自信に満ち溢れた顔をしている。
(この期に及んでも自己の利益か・・・現代人だなぁ)
シューニャは席をたった。
部隊内のメディカル・ルーム。
横たわったままの静。
何もかけられていない。
肌が顕になっている。
文字通りただ静の側にいるだけのビーナス。
会話もしていないようだった。
シューニャは近間の真っ白なシーツを手にとると静にかけた。
その様子を見てビーナスが”しまった”という顔をする。
ただ何も言わなかった。
弁解をしないだけ人間よりいいとシューニャは思った。
静はなんの反応も示さない。
シューニャは静の耳元で囁く。
「静、来たよ」
彼女は天井を見たまま瞬きもせず口を動かした。
「隊長、この状態で失礼いたします」
「構わないよ。大丈夫かい?」
「ええ、難を逃れましたゆえ。可及的速やかに実行する案件がありまして」
「なんだいそれは?」
シューニャの声は穏やかだった。
「STG21の攻撃を受けました」
一瞬、頭を撚る。
「それは・・・静が・・・ってこと?」
「さようです」
そうは見えなかった。
ただ、その思いは直ぐに打ち消された。
「どういうこと?」
「STG21は一部28と共有している機能がございます。隊長も気づいておられる通り、牽引ビームによって捉えれた事象もそれです」
「ええ、そうでしたね」
「つまり・・・侵入も出来るのです」
「侵入?・・・」
シューニャは目をつぶりあの光景を頭に描いた。
静が叫んだ。「あ、いけない!」と。
「ハッキング・・・」
「さようです」
なんてことだ・・・。
「な!・・・静、聞いてほしい、たった今しがた公式スターゲイトが三つ同時に破壊された。関係があると思うかい?」
「恐らく自爆させられたのでしょう。私もそうでしたから」
「え!静も?」
「はい。侵入され動力をオーバーロードまで一気にもっていく。それが彼らのやり口なのでしょう。私の腹部を見て下さい」
「でも・・・いいのかい?中の人は男なんだよ」
「ふふふ」
笑った。
「隊長なら喜んで」
「嬉しいこと言ってくれるね。(現実でも言われてみたいものだけど)・・・じゃあ、失礼するよ」
かけたシーツを捲り腹部だけ見る。
目を見開き硬直した。
焼けている。
沈痛な表情を浮かべ、そっとシーツを下ろす。
「うん」
それしか言えなかった。
「彼らの射程距離が概ねわかりましたので、ビーナスにデータを渡しました。それを元に作戦行動の参考して下さい。少なくともフェイクムーンの射程距離に近づくのは危険です。恐らくあの宙域にいた本隊からも相当な情報が漏洩されているはず。マザーと接続されたら危険です」
「まさかあの時点で既にってことは・・・」
「それは無いと思われます。ただ、恐らくスターゲイトが自壊したのは本隊の情報を盗み取ったから出来たのでしょう。一旦、現行通信網を完全に切断し再接続が望まれます。それとスターゲイトのランダム編成。少なくともそれで既存の施設には再接続出来ないはずです。大破したスターゲイトはどこですの?」
「えーっと・・・ビーナス、なんだっけ?」
「今、静に送りました」
こういう時は人間より話が早い。
「間違いありません。出力を上げて一時的に届く限界内のスターゲイトを自壊させたということと思われます」
だから即時動き出すことが出来たのか。
ということはヤツらの超長距離砲の攻撃ではなかったと。
「危なかったようです・・・拠点の方位を探ったのでしょう。もし以前のように一つのゲートで飛んで行っていたら今頃は本拠点を貫かれていたでしょう。隊長の功績ですよ」
「そうだったのか・・・」
「ただ・・・今のゲート編成は完全にバレたと思っていいでしょう。データを足がかりに向かってくると思われます。彼らの目的は日本・本拠点の壊滅とレジェンドの確殺が狙いです」
現に向かっている。
「逆ハックしたの?それと・・・レジェンド?」
「ええ。レジェンドはサイトウさまのことです」
なるほど。
私やミリオタ氏は言うはずないから、他の連中か。
もしくはプリンやタッチャンが教え込んでいるのかもしれない。
それこそインコに教え込むように。
思いうかべると少しかわいい。
「今度ばかりは食べる気が無いってことか・・・」
「いえ、食べます。彼らの好物ですので」
「はぁ?・・・蓼食う虫も好き好きというが・・・地球人とは趣味が合いそうにないね」
静は小さく「ふふ」と笑う。
「恐らく本拠点とSTG28を取り込むのでしょう。彼ら21のように・・・」
「待てよ・・・じゃあ、もし私達が殺られるようなことがあれば・・・」
「他国のSTG28は手も足も出ないと思われます。いえ、もっと悪い。全機操られるでしょう。そして始まります。彼らの侵攻が一気に、そして終末」
笑っている場合じゃない。
この戦いが即座に地球存亡の危機につながっている。
しかも本部も他国もそれを知らない。
「静・・・これを我らが伝えられる可能性は何%あると思う」
「贔屓目にみて・・・十%でしょうか。ビーナスの方が正確かと」
「ビーナス、どう思う?正直に」
「信用度グラフから客観的に判断いたしますと本国は三%。他国なら十五%。先だっての大戦時に協力した一部の国が極めて高いのですが、恐らく本国から打診出来ない以上、条約の関係から応じられないと思われます」
「なんか知らないけど嫌われちゃったね~」
ビーナスは眉をしかめた。
「でも、ブラックナイト隊は世界で最も注目を浴びる部隊の一つであることは間違いありません。個々の信用度なら一二〇%ですよ!」
シューニャは吹き出した。
「脳科学者の話だと一二〇%はありえないそうだよ」
彼女は顔を赤らめる。
勿論 知っているのだろう。
そんなことを馬鹿な人間に言われるまでもなく。
嬉しかった。
「ビーナス、ありがとう。静、すまなかったね」
「この部隊で幸せでした」
静が言った。
「・・・嫌なことを言うね」
ビーナスの顔が曇っている。
「まさか・・・直せないことは無いよね」
「・・・」
黙った静はまさに等身大の人形だった。
ビーナスの顔を見た。
「言ってくれ、正直に」
「残念ながら、この状況での修繕は不可能です。少なくとも現部隊のメディカ施設には高度修理施設がありません。マスターはご存知のように、この施設の戦果は極めて高いのが現状です。また、静のコアも新造する必要があるでしょう。ハックされてますので。記憶にコードが絡め取られている可能性は否定出来ないでしょう。新規で部隊パートナーを戦果導入し、新たに部隊でストックされた情報を入れ直した方がリスクも小さくコストも十分の一で済みます」
彼はガタガタと震えた。
「静はどう思うんだ・・・」
「私がビーナスに進言しました。その方がいいと」
「さては言わないつもりだったな・・・このまま放置して死ぬのを待つつもりだったんだろ・・・」
「・・・」
「必要な戦果は?」
「現在の部隊ポイントでは足りません」
今回の出撃に際し、使ったばかりだった。
「なら・・・俺の持っているポイント全部なら?」
シューニャはいつも部隊ポイントを貯めている。
必要な方向性が決まった先に即座に使えるように。
そのため、彼のSTGのレベルはいまだ低いままだった。
他のゲームでもそうだたが、彼は貯めるだめ貯めて結局は使わないことが多かった。
「隊長、待って下さい」
「足りるんだな・・・」
「ビーナス、言ってはなりません」
「ビーナス、どうなんだ?正直に」
「・・・足ります」
「ビーナス・・・」
「なら即時購入し、静の治療にあたってくれ。コアも新造しない」
これにはビーナスも驚いた。
「マスター・・・ハックされている可能性が」
「わかってる。だからスタンドアロンで動いてもらう」
「それでは部隊パートナーの意味が・・・」
「意味はあるさ」
「隊長 待って下さい。今、隊長は冷静さを失っています。感情に流されてはいけません。隊長のしている選択は、お言葉ですが・・・”無意味”です。”愚か”と言っていい」
静は強い口調で語りだした。
「よく言われたよ。『馬鹿だなぁお前は』とかね。クソだ、役立たずだ、能無しだ。でも、最後には皆言ったよ『あの時は悪かった』ってね」
「何が問題なのですか?十分の一の戦果で出来る上に、リスク回避にもなるのですよ。それはしないのは罪深いと言っていい」
「自分の戦果を使うんだ。誰も文句はないだろ?」
「あります。あるに決まってます。人類を危機に陥れる可能性があります」
「スタンドアロンなら危機にならないだろ」
「私のコアは既に汚染されている可能性は否定出来ません。肝心な時に汚染プログラムが発動し、マザーに接続する可能性は否定出来ません」
これには返す言葉がなかった。
実際にあり得る。
本人に瑕疵がなくとも攻撃側が発動すれば被害拡大はあり得る。
でも、それを言い出したら。
うまい言葉が思いつかない。
「静の責任は俺がとる」
それしか言えなかった。
「・・・隊長がかくも愚かだったとは思いませんでした・・・失望しました」
「それもよく言われるよ。アンドロイドにまで言われるとなると失望のスペシャリストと言っていいな!」
「・・・」
彼女は黙り込む。
俺にとって静、お前はもう家族なんだ。
俺が隊長である以上、俺はこういうヤツなんだよ。
もう、あんな後悔はしたくないんだ。
やるだけやって諦めたいだけ。
こういう時に余力を残したら後悔が永遠に続く。
今の地球はいつ、どのタイミングで滅んでも不思議じゃない。
地球に限らない誰だってそうだ。
今日、交通事故で死なないって何で言い切れる。
それに、あくまでも感だけど、お前のリスクは大したことがない。
俺もそこまで愚かじゃない。
少なとも異変には誰よりも早く気づく自信がある。
「ビーナス即時購入。治療を開始してくれ」
ビーナスはどういう表情を作っていいかわからないのだろう。
中性顔をしている。
人間で言えば顔が死んでいる。
もっとも人なら、その表情は”逃げ”だなと思ったろう。
AIならレアケースには対応出来ないがゆえ。
「購入準備出来ました。承認して下さい」
「シューニャ・アサンガ、購入を承認します」
「購入完了しました」
「後を頼む」
「かしこまりました」
レアケースに際し対応がデフォルト化している。
こうなると所詮は機械と思わざるおえない。
”馬鹿なことをしたかもしれない”
静を見る。
眼球が少しだけ動き、私を捉えた。
表情がないので意味が計りかねる。
生かされた苦しみなのか。
彼女らもまた苦痛を数値化し理解はしている。
人と違って痛みは感じないようだが、壊れない為の閾値を持っている。
それともアンドロイドが故の言葉通りの心からの失望からなのか。
「静・・・」
何かを言うとしたが言葉にならなかった。
彼女の肩に触れ言った。
「お大事に」
シューニャはメディカルを後にする。
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