どうしてあんなことをしたのか。
自分でもわからない。
今まで真面目に生きてきた。
真面目という意識も無いが、他人様に言わせれば真面目らしい。
言われてみると、自らを振り返れば真面目と言えなくもない。
裏切られたことはあっても、裏切ったことない。
約束を積極的に破ったこともない。
守り通すことに力を注いだ。
そんな自分がどうして。
アメジストの逃走はまたたく間に広がるかに思えた。
一晩あけ、自らの行為にゾッとする。
アメジストの逃走は宇宙人の信用に傷をつける。
宇宙人からすれば地球人の裏切りに憤怒するだろう。
世界各国からその責任を釣瓶撃ちに攻められだろう。
日本人にとっても何らメリットがない。
宇宙人はシューニャをヒューマン・ミューティレーションするかもしれない。
シューニャ自身にもメリットはない。
誰にも、何のメリットもない。
メリットがあるのはアメジスト当人だけ。
「あーっ(俺はなんてことを!)」
途中まで声を出し、途中から噛み殺し、頭を抱えた。
でも、
どうしてか、
起き上がり、
コーヒーを入れ、
一口飲み、
”STG28”を起動する頃には平気になっていた。
寧ろ清々しい感覚に満ちている。
自分でもわからない。
現実は彼の想像とは全く異なっていた。
マイルームにログインしニュースを読むも、これといった出来事はなかった。
相変わらず狐と狸のばかしああいのような愚にもつかないようなものばかり。
この日、そんな記事にも役に立つ時があることを理解する。
「アメジスト送還される!地球人の主権はどうなっている!」
そういうスレタイで議論されていた。ここでは地上の巨大掲示板のようなシステムで反社会的なことも含め話し合われている。二時間ほどかけ、ゴシップに強そうな記事を何十と読んでみる。
(アメジストは送還されたことになっている・・・夢?)
ほとんどの記事は平常運転。
驚くほどアメジストの送還に関心を抱いていないのもわかった。
有識者達のみの間でもって真剣に議論されている風。
恐ろしいことだが圧倒的大多数は興味すら無いようだ。
多くはヤレ誰が好きだ、誰がどうだ、何が面白いだ、どう戦えばいいだ、テスト勉強だ、テストが嫌だ、仕事が辛いだ、そうした何時も通りの話題で満たされていた。
(これほど決定的な事態に興味がないとは)
一般的にはアメジストは送還されているという認識で共通していると分かった。
でもマイルームから出る気にはなれなかった。
(マザーから呼び出しがあるに違いない)
彼はそう思っていた。
自分の名前が呼ばれた時が最後。
そんな心境で待った。
三時間が経過するが何も起きない。
相変わらず記事を読み漁ったが何も出ない。
メールや対話は全て無視した。
それどころじゃない。
今正にグリーンマイルを歩こうという時にそんな気分じゃない。
四時間が過ぎた。
(あー・・・さすがに目が死ぬ・・・何も無い・・・夢だったのか?)
パートナーを呼び出さなかった。
彼女らはマザーと直結している。
ビーナスを呼び出すということは、自ら檻の中に入る行為に思える。
パートナーは呼ばない限り出てこれない。
ベッドに横になり低い天井を見る。
二段ベッドの下を思い出す。
狭いのは嫌だった。
上に今にも落ちてきそうな重量級の重荷を見せつけられている。
精神的に圧迫感がある。
部隊長の部屋は一般隊員より自由にレイアウトすることが出来たがシューニャはずっとデフォルトのままにしておいた。
「わからなくなるでしょ?」
彼はそう説明した。
多くの隊員はこのデフォルトの狭いマイルームで過ごす。
古参の高戦果プレイヤーぐらいだろう。
戦果をマイルームに注ぐことが出来るのは。
最も彼は幾ばくかでも快適性を重んじたのでマイルームは拡張するつもりだった。
止めたに過ぎない。
隊長じゃなかったら拡張するつもりだった。
竜頭巾のマイルームを見た時に自戒したのだ。
彼のマイルームはデフォルトだった。
何一つ装飾が施されていない。
「マイルームに戦果導入する余裕なんてあんの?」
シューニャが問うた時、彼は言い放った。
その時に自らを恥じた。
最もドラゴンリーダーのマイルームはド派手なものだったが。
「シューにゃん!」
突然、ケシャが顔を出す。
驚きの余り飛び上がり天井に頭をぶつける。
「なんだ・・ケシャか・・・脅かさないでよ!」
ケシャは彼女という立ち位置の関係上、常時シューニャのマイルームには入れるように設定されている。完全に忘れていた。彼は元カノにも合鍵を渡した事はない。求められたこともない。もっとも欲しそうではあったが知らんぷりをした。
ケシャは不思議な子だ。あれだけ無口だったのにズカズカと自らの領域へと入ってくる。彼女は当然のように「合鍵設定しておいて」と言ったのだ。彼女の様々なことを考えると「駄目」とは言えなかった。かといって非常識というわけではない。てっきり神出鬼没化するかと思っていた。今まで黙って入ったことは一度もなかった。履歴でわかる。これが初めてであった。
「ビックリしたー!どうしたの?皆心配しているよ」
心臓がリアルにドキドキしている。
彼女は私の前だと饒舌だった。
「あ・・・あー、ちょっとね気になることがあって」
彼女の前だと無意識に男という認識に立たせられる。
普段はアバターのせいか女性よりの感覚に寄っているのかもしれない。
「座っていい?」
彼女は唯一の椅子を指さし訪ねた。
(常識感はあるんだよな)
ベッドの縁は指ささなかった。
ネネを思い出す。
(可愛かったなぁ)
「あーどうぞ、どうぞ」
「彼女なんだから、話してくれるでしょ?」
妙に落ちつている。
「ん~・・・そうだね」
少し迷う。悪い癖だ。何か企んでいると勘ぐられる。
今まで彼女に相談したことはほとんどない。それが原因で別れたことも少なからずある。相談されないイコール信用がないと言いたいらしい。それもわかる。男からしたら信用がある無いの問題じゃないテーマなのだが彼女らは違うらしい。問題となるスタンスにお互い立っていば無関係では無い。話す。違うのであれば巻き込みたくない。話したところで何も出来ないのであれば問題を共有することは逆に解決不能のテーマを相手に与え悩ませることと思えた。それは酷に思えた。
「だからそれは信用が無いってことじゃんか!」
あれはユウちゃんだったかな。
「男なら何でもいわなきゃ」
タカシは言った。
「男なら黙ってないと」
シンジは言った。
「考え過ぎなんだよ」
ユウトは言った。
「ちっちゃなこと考えるんだね」
コウジは言った。
「アメジストは・・・どうなった?」
本音が出る。
「え、もう送還されたんでしょ?」
彼女は全く想像していない質問だったのか、拍子抜けした顔を向ける。
「間違いない?」
「ん~、わかんないけど」
この子もまた興味がないのか。
「ビーナスちゃんに聞けばいいじゃん」
簡単に言うよな。
「まー・・・そうだけど」
「聞いちゃいなよ」
簡単に言うなって。
「・・・ビーナス」
腹をくくるか。
「マスターお早う御座います。やっと呼んでくれた~!」
ビーナスもだいぶ砕けてきた。
彼女を正視する。
「どうされましたか?」
心配そうな顔をする。
よく出来ている。
可愛いし。
怖いぐらい嫌なところがない。
こっちの表情や言動でマイナス評価と受け取れる言動は自動的に消去していくのだろう。
パートナーに方入れるするプレイヤーは多い。
「・・・アメジストはどうなった?」
「わかりません」
「え?」
「マザーに引き渡されて以後の記録は残りませんので」
彼女は申し訳なさそうに言う。
「・・・ということは、本拠点に移送した時点が最後ってこと?」
「はい。マザー側の行動は私達から記録の要請をしない限り出てきません」
「じゃあ頼む。確認してくれ」
「あ、申し訳ありません。マザーワンの管轄は引き出すことが出来ないんです」
彼女らはあの宇宙人らをマザーワンと呼称している。
「どうして?」
「プライベートなこと?だからだそうで、地球人と関係の無くなった事象に関してはそういう協定になっていたと思います」
「ブラックボックスか・・・(だからアメリカの連中はあんだけ・・・)」
「あ・・・そのニュアンスですと隠していると捉えているかもしれませんが、マザーワン曰く『双方にとってその方が問題が発展しない』からだそうです」
「ん?・・・責任領域の明確化・・・そんな感じ?」
「はい。そうだと思われます」
「わかった。ありがとうビーナス。スッキリしたよ」
実際安堵する。
どっと力抜けた。
「お役に立てて嬉しいですマスター」
彼女は満面の笑みでお辞儀をすると手を振りながら消えた。
「浮気者ぉ~」
「なんでや」
「ニヤニヤしちゃって」
「ちゃうちゃう。そもそもパートナーだから」
「本当のパートナーは私じゃないの?」
「・・・勿論だよ」
「うそ・・・」
ドキっとする。
聞こえるか聞こえないかのボソっとした小さな声。
地の底を這うような暗いものを感じる。
「どうした?何かあったの?」
「え?何も」
「困ったことがあったら何でもいってくれ、微力ながら力になるよ」
「その言葉、そっくりお返しします」
前にも言われたことがある。
「あ~・・・悪かったよ。問題を抱え込むのが癖みたいなもんなんだ」
「私も」
ケシャのことはどう捉えたらいいだろうか。
彼女は本当に俺のことを彼と思っているのだろうか。
それとも、単にゲームの中だけの関係。
演出。
創作。
夢想。
「今度、ゆっくり話そうか」
「うん!」
こんな顔をするんだ。
想像も出来なかった。
リアルに合えばもっとわかるのに。
フィルターを通すと想像の範疇ばかりが広すぎる。
*
ギルドルームに入るとどっと歓声が湧いた。
「おーさすが彼女だ!天岩戸が開かれた!ウズメよ舞い踊れ!」
ミリオタ。
「セ・ク・ハ・ラ」
おはぎさん。
そう言えば今日は土曜日か。
どうりでログインが多い。
彼女も時折顔を出すようになった。古参が顔を出してくれると安心する。
ケシャが照れくさそうに笑っている。嬉しいんだ。
「なんだかすまないね~ちょっと調べ物があって集中していたかったもんだから」
見渡すと竜頭巾はいない。
彼はまだ怒っているんだろうか。
「・・・」
大勢の中にグリン。
(夢なのか・・・)
シューニャの変化にケシャが気づく。
彼女もグリンを見た。
グリンはいつもの笑顔をへばりつかせてシューニャに熱い視線を送っていた。
*
「最近、夢か現実かよくわからないことが続いて」
「今は現実だと思いますか?」
「ええ」
「わかっているじゃないですか」
「いや、そうなんですけど。夢がリアル過ぎて目が覚めると夢には思えないんです」
「今、目が覚めて、とおっしゃいましたね」
「はい」
「夢なんです」
「ま~そうなんですけどね」
「夢がどういうものか伺ってもよろしいですか?夢の内容というより夢の原理ですが」
「ええ。脳のデフラグですよね」
「よくご存知で」
「コンピューターの仕事してましたから」
「でしたらよくおわかりかと思います。記憶を整理している間に見えたような気になるのが夢です。記憶の断片を繋ぎ直し、整合性がつかない部分をでっち上げているに過ぎない。情報の整理の途中で見るのが夢です」
「ありがとうございました」
生まれて初めて心療内科に顔を出した。
でも、違う。
そうじゃない。
そういう意味じゃないんだ。
どうして医者ってヤツは通り一遍のことしか言わないんだ。
そういう次元の一般律の話しじゃない。
特殊律の話しなんだ。
そんな馬鹿でもわかるような話しを聞く為に危険を冒してまで出向いたわけじゃない。
「あー・・・気持ちいなぁ」
太陽がこれほどありがたいものとは。
ここ暫くずっと部屋に篭り、人工の光のみで生きてきた。
蛍光管でも紫外線は発しているから太陽光を浴びなくても平気だという学説が一時は飛び交ったが、最近ではもっぱら太陽の恩恵は単に紫外線や熱線というわけではないというのが主力になってきている気がする。
(なんだろう、生きているって感じがする)
最も自身は長時間太陽に浴びると多形日光疹の症状が出る。
低温度火傷になる。
直射日光は出来るだけ避ける必要があった。
これほど肉体が喜んでいるのに日光浴はかえって害になる。
日焼け止めを塗ると、日焼け止めで腫れる。
どっちをとって、どっちを捨てるか。
どの程度とって、どの程度諦めるか。
そうした加減の中に生きてきた。
不意に深夜の海外ドキュメンタリーを思い出す。
捕虜になって拷問を受けて生還した回数が最多の大佐の特集だったに思う。
俺の生きている状況なんて生きながらにして拷問を受け続けているようなものだから、何か解決する方法の参考になるのではないかと思い、彼の一挙手一投足を見逃さないよう、聞き逃さないように見入った。
なんてことはない。
既にやっていた。
「仮病なんじゃないの?」
何度となく言われた。
「嘘を言うな!」
人前で罵声を浴びせられた。
「本当だったんだ・・・」
付き合いが深くなれば最後の最後には気づく。
でも手遅れだ。
答えは目の前にあるのに。
終わりにしたい。
終わればいいのに。
終われ。
終わっちゃえよ。
太陽を浴びるだけで肉体は喜びに満ちているのが感じられる。
「矛盾している・・・」
治る兆候なんだろうか。
希望は毒だ。
猛毒だ。
治る道理が無い。
肉体は科学反応のように着実である。
原因があり、結果がある。
地球の科学ではまだ原因がほとんどわからない。
原因を取り除かない限り結果は得られない。
(こうしている間にも宇宙人は再度進軍の準備をしているんだろうな)
予感は的中した。
*
「緊急警報発令。敵巨大宇宙生物警戒宙域に接触、迎撃にあたって下さい」
マザーの声が鳴り響く。
どよめくロビー。
大戦以後、初めての実践プレイヤーも少なくない。
顔と動きでわかる。
経験者の顔は険しく全身に緊張感を漲らせつつも動きが早い。すぐに連絡を取り合い情報の入手に動いている。
戦後世代はまるで自らが英雄的戦果を夢想しているかのように陽気で明るかった。
一角で歓声が湧いた。
「よっしゃー!実戦キターーーーーッ!」
「ぶち殺したる宇宙人どもが!」
可哀想な子らだ。
すぐに現実を知る。
「三割ってところか・・・」
「いや一割ないだろ」
ミリオタと竜頭巾。
恐らく、使える搭乗員の話をしているのだろう。
最近は互いに主張が異なっても言い合うことが少なくなった気がする。
サイトウや竜頭巾のような天才プレイヤーは元からの才能が必要だが、ベテランプレイヤーは実戦で生き残らない限り生まれない。先の大戦で余りにも多くが失われた。優れた教育と経験と同士や先輩、そうした環境に巡り会えるか否か。自ら気づくか否か。その上で修羅場をくぐってこそベテランと言える。戦場は圧倒的に彼らの数がものを言う。天才一人では世界は変わらない。天才の発想を推し進めるベテランが決める。それを理解する一般人の数が最後には決定力になる。シューニャはそう思った。
「ミリオタさん、マルゲちゃんと偵察隊編成で出撃。可能な限り情報を入手して下さい」
昔も今も情報が命。
事実なら幾らあってもいい。
騒ぎが多きなればなるほどフェイクに溢れる。
ミリオタとマルゲリータをあれ以来共に行動させることにしている。
シューニャはなんとなく二人ならうまくやりそうな気がした。
「公式サイズはわかった?」
「月ぐらいの大きさ・・・いや・・・月そっくりです・・・月だ・・・これは月ですよ!」
「いや違う。偽物の月のだよ」
シューニャは小さな窓から月を見た。
月は煌々と輝き、その存在感を顕にしている。
見事な三日月。
今夜は天気がいいようだ。
「月か・・・」
「シューにゃんの予言があたっちまったな」
「ええ」
前回の大戦で、地球人やSTG28の攻撃能力が大きなサイズに対して極端に弱いことが露呈したと言える。次に考えられるのは、どの程度のサイズでどう戦闘能力が変化するかの検証をしかけてくる可能性である。そのサイズを大きなところからやるのは流石の彼れも困難に思えた。だとしたら最も近いところで「地球の衛星である月に見立てるのではなかろうか?」彼なりの推測だった。
「嫌なもんだね」
珍しく感傷的に竜頭巾が言う。
「ですね。相手は月の模倣だし。何より彼らには知能が可能性が高い」
「行ってくるらー!」
沈みかけた空気を打破するかの如く、ミリオタが威勢一番作戦室を後にする。
「頼みました!」
彼の長門はシューニャの戦果で大部分が改修を終えている。
当初ミリオタは頑なに断っていたが、最後には受けれいた。
竜頭巾の一言が効いたのだろう。
「お前が戦わなくて、この部隊はどうなるんだよ!」
一瞬の間の後、頭を深々と下げ言った。
「わかりました・・・よろしくお願いいたします・・・」
この戦いでどう思わせるか。
今後の流れを握っている。
地球人を舐めたら怪我をすると思い知らせてやるか。
(それとも・・・)
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