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STG/I:第五十二話:マザー・ルーム

(俺は何をしているんだ)

 

マザー・ルームに入ることは出来ない。

たとえ戦果を導入しても不可能である。

それは宇宙人と取り交わした地球人の約束と聞いたことがある。

 

一人を除いて。

マザー・ルームは本拠点の奥深くとか秘匿されているわけではない。

寧ろアカラサマな場所にあった。

誰もが知っている場所であり見たこともある。

見ない方が難しい。

ただし、それが何かを知らないプレイヤーはいるだろう。

 

マザー・ルームはどこからでも見えた。

 

知ってか知らずか手を合わせるプレイヤーもいる。神社と勘違いしているのだろうか二礼二拍手一礼する者も。センターフロアのメインロビーは天井が高いこともあり一番様子を伺うことが出来る。新年にはその周辺がイベント会場にもなる。そこから仰ぎ見るマザー・ルームは見るものに畏敬の念を抱かせる迫力があった。吹き抜けから見上げると先が見えない。シューニャはバベルの塔を思い出した。下も見えない。ナチュラリストが大樹を抱きしめるようにするプレイヤーもいる。だが彼らに絡んではいけない。多くはマザー信奉者だから面倒なことになるだろう。

 

その光景は人類が望んでも得られない格差を感じた。

 

見えているようで見えてないが故に畏怖や畏敬の念は増大し、脳が勝手に足りない情報を補おうとする。彼自身は「そりゃ宇宙人だから」程度に捉えていた。考えても仕方がないことである。本当の意味で畏怖の念を感じるには大きすぎた。実感を得ない。人が脅威を感じるのは身の丈の限界値を超えたところにあるもの。その想像の限界値も超えると何も感じなくなるのが本来だ。逆に感じるとしたら、それは妄想の中で勝手に埋め合わせした状態を意味する。

シューニャは関わらないようにしていたがマザーを信仰対象とした団体が内部にあった。世界的な組織になっている。多くの搭乗員は気にしていないようだったが彼は気になった。少なからず畏敬の念にも似たものを感じたプリンに対し、牽制の意味も込め「地球にある建物の方がデカイんじゃないの?」と言ったこともある。言いながら「もしも本拠点の上から下まであったとしたら恐らく地上の建造物とは比較にならないほどの巨大さであろう」とも思った。プリンや皆のそうした態度に些か居心地の悪さを感じている。

人は空気に流される。意図も簡単に。そしてそうした場合には責任を感じない。リアルでの事件を思い出した。だから彼らの存在を空気のように捨て置くことが出来なかった。染まっている組織での居心地の悪さというのは格別である。

 

思い出して背筋がぞっとする。

 

あの緊張感。

あの目。

あの恐怖。

客観的な視点や目線を失った人間の怖さ。

 

(本当に良かったんだろうか)

 

マザー・ルーム内メンテナンスロボットが通る予備通路にシューニャはいた。

今も迷っている。

マザー・ルーム内に転送装置は無く、延々と通路を徒歩で歩いていた。

歩くほどに悩みが増大するのが感じられる。

 

(これは明らかな裏切り行為だ)

 

グリーンアイのマイルームが脳裏をよぎる。

異様な光景だった。

マネキンのようなアバターが床一面、所狭しと乱雑に置いてあった。

中には腐敗しかけたアバター。腐敗しきった後も。

引っ越し業者をやっていた友人の話が頭を思い出し反射的に口をおさえる。

あれは恐ろしい話だった。

どうしたアバターが腐敗状態になるのか。

このゲームはリアル系であったが、リアルにするにしてもほどがある。

 

(ホラーゲームじゃないんだから・・・)

 

通路は延々と続いている。

進んでいのか不安になるほど景色は変わらなかった。

最も目の前数メートルしか見えない。

緊張で肌がはじけそうだ。

 

(既にマザーにばれていてループしているとか・・・この手の鉄板だろ)

 

ランタン・ライトを手にするシューニャの心臓は緊張でパンパン。

視野が狭くなり前しか見えない。

空間が広すぎて皮膚が接触レーダーを最大限に解放しているようだ。

リアルの彼自身もそうだった。

今なら空気の流れすらも読めそうだ。

音が聞こえないことがこれほど恐ろしいとは。

コントローラーのスティックを動かす音だけが聞こえた。

スピーカーからは無音である。

 

(多分、ここはゲームと関係ないから環境音が用意されていないんだろう)

 

この通路が半径二メートルほどしか無ければ確実に引き返した。

そこそこの閉所恐怖症だ。

ゲーム内でも恐怖心がある。

リアルでは地下鉄や地下道ですら緊張する自分がいる。

幸か不幸か、通路は彼が恐怖を感じない程度の広さがあった。

 

(本当にやるのか・・・)

 

あの時、部屋で横たえたグリンはマネキンのように動かなくなった。

パートナーのビーナスだけが彼女の言葉が聞こえるようで伝え続ける。

 

「日本時間の正午丁度に宇宙人へ引き渡されるそうです」

 

(だからなんだというのだ・・・アメジストは敵じゃないか)

果たしてそうなんだろうか?

(いや、そうだろ!)

地球人にとって宇宙人が味方と言えるのか?

(STGを提供しているじゃないか。あれがあるから戦えるんじゃないのか!)

武器や武装を提供する側が本当の意味で味方と言えるのか?

(無ければ戦えない!)

本当にそうだろうか?

(地球人にはココへ来る術すらないんだぞ!)

本当に戦うべき相手が間違っていないのか?

(黙っていたら食われちまうぞ!)

本当に歩むべき道を検討したと言い切れるのか?

(・・・でも、仮に、万が一わかった時は手遅れだぞ・・・)

本当にそうか?単なる自己防衛による正当化の詭弁じゃないと言い切れるのか?

(予防原則があったからこそ人類は他の生物とは違う進化を遂げた)

その結果、今の地球は何度でも自らを滅ぼすことが可能となったのに?

(煩い・・・もう屁理屈は真っ平だ・・・)

屁理屈はどっちが使っている?

(煩い・・・)

アメジストと約束をした。

(どんな約束が覚えていない)

相手は覚えている。

(俺は覚えていないんだ!)

覚えていないのは理由にならない。

 

「でも覚えていないんだから仕方ないだろ!」

 

空洞内を自分の声が響く。

(何をやってるんだ俺は・・・今のでバレたんじゃないのか・・・)

バレてないかもしれない。

(なんで言える)

あの程度でバレているならとうにバレている。

(もう止めよう・・・。この通路に入ってから一時間は歩いているぞ)

ならばそろそろだ。グリンがビーナスを通して言っていた。もう引き返せない距離だ。

(ログアウトしたい・・・)

アバターがここにあるのがバレたらそれこそ反逆罪。

(アバターは消えるだろ・・・)

どうしてそう言える?あの部屋はなんだ。グリンの部屋は。

(駄目だ、もうヤメだ・・・知らん・・・引き返そう今なら・・・)

 

「・・・」

 

扉がある。

彼女の言った通りだった。

(来てしまった・・・)

震える手でハンドル型のノブに触れ、静かに回す。

(宇宙人にも手があるのか?いや、これは宮司用だろう・・・)

緊張感で身体がガタガタと震えているが自分で止められない。

(どうして震えているんだ?)

リアルのお前が震えているから。

(でもアバターが震える道理がない)

 

少しだけ開け、片目で覗き込む。

 

(なんだコレは・・・見た感覚がある)

 

ゆっくりと歩み出る。

 

真っ白な部屋。

思っていたよりずっと広い。

目についたのは外壁を構成するマス目状のもの。

一枚一枚がドーム状の凸で覆われている。柔らかそうに見える。

部屋そのものもドーム状だ。

ぐるりと見渡す。

反対側に赤い光が見える以外は何も無い。

 

(・・・何の為の部屋なんだ)

 

光は主に天頂部の光源からのようだが、その割にはドーム状のマス目に影が出来ない。

カメラマンの兄が光の難しさを言っていた。絶交以来一度も連絡をとっていない。

目線を落とすと、自分にも影がない。

どの角度からも影が出来ないように光源を持たせるのは難しいらしい。

光で相殺しないといけないからだが。

(眩しくはない)

苦しくなってきた。

息を吸っていない。

「はぁーーーーーー」

大きく吐いた。

 

「何もないじゃないか・・・」

 

言った通りに来たんだ。

俺のせいじゃない。

踵を返し帰ろうとするが、不意に赤い光が気になった。

(やるべきことはやったと言えるのか)

もう一度辺りを見渡す。

いかにも何かありげなのは赤い光源のみ。

 

「くそ・・・」

 

歩きだす。

 

(何時もながら真面目な自分が嫌になるな・・・)

 

チラチラと何度も後ろを振り返り扉を確認する。

足元もドーム状のマス目で歩きづらい。

歩くたびに足が沈む。

新雪の雪道を思い出す。

ドーム状の隆起は五センチ前後ってところか。

(帰りは目印が無いな。下手するとわからなくなるぞ・・・)

ドアも同じような柄で閉じると区別がつかなくなった。

辛うじてノブが目印だが遠いと見えないだろう。

 

再び歩きだす。

 

(クソ・・・設計者出てこい・・・歩きづらいにもほどがあるぞ)

歩けども歩けども光源につかない。

歩くたびに視点が動いた。

恐らく走らせるとコケるだろう。

このゲームではスタミナやバランスの概念がありコケることもある。

スタミナが減るとコケる確率が上がり、コケると更にスタミナが減る。

空腹概念もある。

ただし拠点内ではほとんど自動で制御されるので一遊びの要素でしかなかった。

ほとんのプレイヤーはレーションという自動食事を設定しており、警戒水域に来ると自動で食事をとるようにしていた。ここでは機能しないようだ。

 

「思ったより遠いぞ・・・」

 

どうやら陰影が無いから距離感がつかめていなかったようだ。

光源に変化がない。

(今なら引き返せるか?・・・)

後ろを振り返るのを忘れいたことを思い出し扉の方が見る。

 

「な!・・・だから・・・」

 

どこに扉があったのかわからない。

足元を見て、一旦落ちついた。

(このマス目にそって歩いてきたんだ。このまま戻れば戻れるはずだ)

歩きだす。

 

妙に腹が据わった。

 

グリンとの約束が思い出せない。

そもそも約束したのか?

いや、したのだろう。

したという実感が何故かある。

内容が思い出せない。

アメジストと隕石型宇宙人が味方じゃなかったとは考えてもみなかった。

でも本当にそうなのだろうか?

嘘、陽動とも考えられる。

 

「人は自分の影を相手に投影するもんだよ」

 

昔通っていた書道塾の先生が言っていたな。

疑り深い人間は自らの影に怯えて無いものから自分を見出すだっけ。

だとしたら俺がそうだからか?

それともそうしたものは人間固有のものなのだろうか。

思えば宇宙人は嘘を言ったことがないとリーダーが言っていた。

だとしたらアメジストも?

果たしてそうだろうか?

STGを提供している宇宙人が仮にそうだとして、隕石型宇宙人やアメジストがそうじゃないと何故言い切れる。俺たちだってそうだ。 人類という点で共通かもしれないが相当違う。言葉も違う価値観も信じるものも文化や伝統や食事や趣味嗜好も・・・宇宙人なら尚更じゃないか。

アメジストは何をしに来たんだ。

地球人を食う気なんじゃないのか?

あー・・・サイトウ。

サイトウが食われようとしてる。

あのサイトウが居なければ地球をどうやって守れるんだ!

約束を反故にさせることは出来なかった。

いずれサイトウは食われてしまう。

だったらアメジストを救うことに何の意味がある?

そもそもアメジストは俺たちを攻撃した!

 

足が止まった。

 

そうだよ。

それを忘れていた。

先に手をだしたのはアイツらじゃないか!

 

後ろをを振り返る。

 

本当に彼奴等なのか?

何が先が本当にわかっているのか。

この戦いはそもそも何時から始まった?

そもそも何が原因になっている。

わからない。

結局は引き返せないんだ。

時間を巻き戻すことは出来ないし、巻き戻せたところで、それは違う何かだ。

戻ることは出来ない。

進むしかない。

全てを巻き込んで、進むしか無いんだ。

 

前を向き歩きだす。

 

騙されている?

かもしれない。

俺のこの選択が決定的な間違いの可能性は捨てきれない。

でも人生はトライ&エラーだ。エラーが無い人間なんて居ない。トライ無くしてもエラーは起こり得る。

 

「竜頭巾を救ったんだ」

 

それだけで充分だ。

彼の証言とも一致する。

信じられないことだが、グリンは本当に宇宙人だったんだ。

デスロードという止められるはずがない装置を止めた。

人間には無理だった。

てっきりサイトウが何か俺たちには計り知れない方法で救ったのかもと思っていたが、実際は違うんだ。アメジストだったんだ。何のために?

 

「もっと遊びたい」

 

遊ぶ為に?

遊んでいるだけなのか。

俺たちが今にも溺れそうなほど必死に泳いでいるというのに。

でも俺たちのやっていることが遊びじゃないと言い切れるか?

宇宙人からしたら所詮は遊びかもしれない。

その遊びが理由でトラウマから引き篭もりになったという連中がいるというのに。

ふざけるな。

知らないで済まされるか!人生を狂わされたんだぞ!

俺だってどうしてこんな壊れた身体で生まれて・・・。

誰に怒りをぶつければいい。

誰にこの苦しみを。

 

目の前に赤いランプがあった。

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