声が聞こえる。
「サイトウさん」
声が、
俺を呼ぶ声が、
聞こえる。
「サイトウさん起きて下さい」
煩い。
寝かせてくれ。
「申し訳ないね、起こしてしまって」
一度身体を横たえ、起きかけるも、倒れるように仰向けになった。
左腕をカタツムリのようにノソノソと動かすと、その腕で目を覆う。
薄暗いのに何故か眩しく感じる。
「・・申し訳ないの意味わかってる?宇宙人さん」
「ははは、手厳しい」
「何の用だい」
彼は目を閉じたままだったが、彼の目には見えていた。
フォーカスのぼやけたパステルカラーの大地。
滲んだ七色の空。
その地平の先にポツンと佇む何か。
頭がやけに大きく、手が不自然に長い。でも、足は驚くほど短かった。
印象派の名画を横切る通りがかりの家蜘蛛と言えばいいか。
小さなシミのようにポツンと黒い点が。
自分の中で”アダンソン”と命名していた。
「この前の話、考えてくれたかい?」
アダンソンはこちらに向かって歩きながら話を続けた。
「考えるも何も、断りましたよね」
「考え直したかなと思いまして」
「どうしてそう思う?」
「悪い話じゃないと思うのですが」
「まーね」
彼は立ち止まった。
近づくにつれ、手に思えたものは人間のように二本ではないと伺える。
(やっぱりアダンソンだな)
「ではどうして?」
「もう生きているのは真っ平なんだよ。貴方らにはわからないだろうけど」
「それは貴方の肉体のトラブルが原因なんですよね。それを治して差し上げるのに?」
「疲れたんだ・・・。もう生きているのは嫌なんだよ。確かに最初は『一度でもいい、健康な肉体ってヤツを体験したい』そうも思ったけど、もう何もかも疲れた・・・早く死にたいよ。自殺せずにね、誰かに殺されることなく、自然に・・・」
「正常な肉体になれば考えも変わりますよ」
(笑ってるのか?)
「そうかもしれない。でも、もういい。そういう風に考えるのも疲れた。もう、希望にすがる時期はとっくに過ぎている。ガッカリするのも飽きた」
「それはこれまでの話ですよ。元々が地球の不確実な治療方法だった。今度は確実です」
「詐欺師ってのは皆同じことを言う」
「私は宇宙人です。あなた達の尺度とは違いますよ?」
「そうかもしれない。でもさ・・・どっちみち地球は滅亡するんだろ?」
「はい」
「なら健康になっても仕方ないだろ」
「そうでしょうか?」
「そうじゃないか。だってSTGを引っ込めらた直ぐにでも地球は終いなんだろ?」
「はい」
「ヤツらを防いだところで、地球人は自滅するんだろ?」
「はい」
「同じじゃないか」
「だから我々の星にご招待しているのです。貴方は生きられる。しかも健康な肉体を得て、なんでも差し上げますよ。人間以外」
「人間がいなきゃしょうがないだろ」
「いますよ、僅かばかりですが」
「でもさ、そりゃ動物実験用だろ」
「それは誤解です。あくまで人間は観察対象です。実験は老衰した死体でしか行うことが許されていませんから」
「詐欺師は同じことを言う」
「我々はあなた方と違います。嘘を言う必要がありませんし、不確実なことは発言しません。今この時点で確実に出来ることだけを発言しています」
「なんでそんなにしつこいかね」
「貴方に興味があるからです」
「迷惑だな」
「申し訳ありません」
「所詮はあれだろ、俺たちが動物園で『わーゴリラだ~カッコイイな~』とかそういう感覚で見たいってことだろ。保護動物なんだろ」
「今はそうですね」
「今もクソもないだろ。結局お前らの星で厄介事が起きたら殺されるんだろ」
「それはありませんね。地球人は条約で守られています」
「案外宇宙人も馬鹿なんだね。不確定な要素は排除するもんだろ。日本でも、いや、日本に限らず戦争が起きた時は動物園の動物はあちこちで射殺されてんだ。それと同じことがあんたらの星でおきないとなんで言える」
「言えます。それはお約束出来ますよ」
「なんでだ」
「まだ地球は幼い文明ですのでわからないでしょうが、真に文明が発達すれば自ずとそうなります」
「それ、理由になってるの?」
「なっております」
「そうなんだ・・・まぁ、経験してない俺からすれば理解に苦しむが・・・」
また歩き出した。
「では考えてもらえませんか?今一度」
「・・・」
「我々の星に来て下さい。貴方の病症は治せます。貴方の願いも相当な部分は叶えられます。伴侶が欲しいのなら限りなく人間に近い伴侶を製造することも容易です。データは揃ってますから。貴方の好みにすることも簡単ですよ」
「なんでもと言いながら人間は連れていけないんだろ」
「はい」
「俺だけなんだろ?家族とか駄目なんだろ」
「貴方は家族と一緒に行きたいのですか?」
立ち止まった。
「・・・それはないか。行くなら・・・一人がいい」
「そうですよね」
まただ。
歩き出した。
手は四本に見える。
そもそも手なのはどうかも怪しい。
黒い身体。
襟元と言っていいのか。
頭とおぼしき突起物の付け根に、まるでネックレスのように白い線がある。
まだおぼろげにしか見えない。
宇宙人にも色々いるんだな・・・。
この前来たヤツは身体が山吹色で手足が気持ち悪いほど長かった。
「なら、いいじゃないですか」
「誰かを連れて行くことは出来ないんだっけ」
「ええ。そういう決まりですので。連れて行くことが出来る者は限られております。その一人が貴方です」
「なんで俺なのかね・・・」
「考えてもらえませんか?」
「いや・・・・やっぱり答えは変わらない。俺は地球と共に死ぬよ」
「地球に愛着があるのですか?」
「愛着もなにも・・・自宅が和むのと同じだよ」
「住めば都という言葉があるようですが?」
「それは否定出来ないけど、でもそれは実家があっての話じゃないの?」
「そうなのですか?」
「う~ん・・・わからん。とにかく、今は何も考えたくない。もう疲れたんだよ。STGでドンパチ出来れば俺は幸せだ。というか、それしか楽しく感じない」
「では貴方は地球を守る為に戦っていると?」
また立ち止まった。
「それはない」
「そうですよね。そこがまた面白い」
興奮したのか。
四本の手が別々に突風に煽られたようにうごめいた。
そして歩きだす。
(気持ちわりーな)
「そう言われるとムカつくな。ゼロとは言わないよ」
「そうですか」
またアダンソンは立ち止まり肩を落としたように見えた。
もっともどこからどこまでが肩か、そもそも肩なのかもわからないが。
「時間です。貴方のご活躍、これからも楽しみにしております」
「それはどうも」
(てめーらのエンターテイメントか・・・俺らは)
サイトウは目を開けた。
上げた腕が少し痺れている。
宇宙人とのこうしたやり取りは何度目だろう。
色々な奴らが代わる代わるやってきては、星にこないかと交渉をする。
病気は治すと。
人間以外の全てを用意すると彼らは言う。
恐らく出来るのだろう。
でも、興味はない。
疲れた。
生きているのに疲れた。
自殺はいけないらしいし、よくよく考えたが違う気がする。
殺されるのも真っ平ゴメン。
だから、死ぬまで生きるしかない。
この壊れた肉体のまま。
(惨いな・・・)
今の生きる理由は”STG28”をプレイすること。
それが俺の生きている理由。
他人の思惑に踊らされるのもゴメンだ。
彼は掛け布団を引っ張ると再び目をとじる。
眠い。
寝足りない。
最近、不意に動物園へ行ったり、水族館へ行ったり、道端で咲く花を観察したり、そこに留まる虫を見ることが多くなった気がする。スマホの写真フォルダに大量のそうしたモノが連ねられていることに気づいた。写真を取る時は特に何も考えてはいない。ただ、きりたくなったら撮るだけだ。だから自分ではわからなかった。
(命への興味がわいたんだろうか?)
いや違う。
(他の生物への興味?)
そうだろうか。
(宇宙人は何を考えている)
それだ。
(多分、それ)
余りにも違いすぎて全くわからない。
違う生命種族。
彼らは人間のことをどう思っているのだろうか。
そもそも俺は彼らのことをどう思っているのか。
余りにも違い過ぎて理解出来ない存在。
恐らく、地球上の動植物も、彼らもそうなのではないか。
彼らの言葉がわかったらいいと思う人間はいる。
花や、虫や、動物や、魚達の。
俺はそうは思わない。
判らないからいいことだってある。
知らない方が幸せなことは沢山ある。
そもそも違いすぎれば判り合う事など土台不可能だ。
人間同士ですらわからないのに。
(いや、家族ですらロクすっぽわからない)
どうして他の生物がわかる。
宇宙人と地球人。
(どうなんだろうか?)
彼らは動物園の動物を見るように人間を見たいのだろうか?
その行為は他の生命体を理解する為なのだろうか。
人間のように。
(そもそも人間も建前だろ)
命という尊厳を踏みにじっているのでは。
(尊厳・・・?そんなこと考えてたら飯も食えねえ)
そもそも尊厳という価値観を持ち出すことそのものが人間側の視点なわけだ。
(じゃあ、宇宙人の視点とはなんだ・・・)
宇宙人の前に動植物。
動植物の前に人間。
他人の前に家族。
家族の前に・・・。
(自分)
俺の身体はどうしてこんなことになった。
一体何時間眠れば満足する。
どうしてこうもダルいんだ。
どうして鉛のように重い。
なのになんで数値は正常なんだ。
なんで頭がいつもぼんやりする。
どうして皮膚がこうもただれる。
なんで・・・
なんで・・・
なんで・・・
「なんで俺ばかりこんな目に合うんだ」
なんであいつらは言ってもわからない。
なんで人のことを信じない。
俺は怠けているわけじゃない。
俺の性格わからんのか。
ボケナス共が。
(あー・・・いっそ死んでくれよ。
はよー死ねや。
なんで目が覚める。
死ねばずっと寝ていられるぞ)
ならば宇宙人の申し出にのっても構わないわけだ。
捨てる命だ。
拾ってくれる人に上げればいい。
人というカテゴリーに入るはわからないが。
(それも何かムカつくな)
人間とは厄介だ。
人間というか俺は捻くれているのか?
なんとも合理性がない。
(誰だ?)
俺だよ。
(俺とは?)
私だ。
(面倒くさい。終わりにしてくれ・・・)
馬鹿は馬鹿らしく考えるな。
(馬鹿とはなんだ?)
馬鹿とはそもそも中国の、
(黙れ。そいうことじゃない)
一人遊びもその辺にしとけ。
呼んでるぞ。
お前を。
忙しいヤツだな。
(どうして皆俺に頼るんだ。自分でヤレよ・・)
お前は面白い。
サイトウ。
頼む。
来てくれ我々の星に。
お前が必要なんだ。
「我々は退屈なんだ」
(黙れよクソが)
身体が揺さぶられる感覚。
いつの間にか眠っていたようだ。
「サイトウ!サイトウ・・・良かった・・・生きてた」
「ココは・・・」
「メディカルルームだよ。わかるだろ。俺が・・・誰かわかるか?」
俺の覗き込む若い顔。
アバター設定は十代半ばといったところか。
中性的な顔。
女装しても似合うだろ。
整髪剤で跳ね上げた髪の毛。
綺麗に染まったライトブラウン。
漫画が好きなんだろうな。
黒髪こそが至高だろう、なぜわからん。
と言いながら俺のパートナーはパツキンだけど。
お前みたいな主人公どこかで見たことがあるぞ。
「タッちゃん・・・何が起きた」
「何がってお前・・・憶えてないのか」
「まあいいや、ビーナスSTGはあと何機使える?」
なんだか今日はやけにシンドい。
「百四十機です。マスター」
パートナーのビーナスが応えた。
ナース服を着ている。
「・・・あれ?お前にブラジルっぽい水着きせなかったっけ?あの、ほとんど見えているやつ」
「マスター・・・それは、これから発売です」
「そうか・・・まだ発売されていないのか・・・そうか」
「サイトウふざけてる場合じゃないぞ」
「ふざけちゃいないよ。去年買えなかったんだから。一年も待ったんだぞ」
竜頭巾は顔しかめた。
「・・・”猫いらず”が解散したぞ」
「だから?」
「だからって・・・」
「タッちゃん・・・。他人に期待するな。自分がヤリタイことをヤレ」
「あいつらがヤメたらまともに作戦行動出来る小隊がいくらもないぞ」
「仕方ないだろ。やめたいヤツはやめればいい。負けたいヤツは負ければいい。目くじらたてても無駄だ。そもそもが同じ目的を見ていない時点でわかるだろ」
「でもそれじゃ地球が・・・」
「馬鹿は死ななきゃ治らないって昔から言うんだ」
「このままじゃ滅亡するんだぞ・・・皆死ぬんだぞ」
身体を起こせない。
重い。
まるで誰かに憑依したみたいだ。
といっても、憑依した経験なんてないけど。
「タッちゃん、今だから、お前には言っておく。俺はね地球が宇宙人に侵略されて人間が滅びるならその方が寧ろイイと思っている」
「はっ?」
「その方が筋が通っているだろ。今の地球はどのみち人間が壊す。その方が悲劇だよ。いや悲喜劇かもしれない。間抜けだ。バカバカしてく・・・俺が地球人を皆殺しにしたくなるよ。寧ろ俺はアッチ側の人間かもしれない」
「・・・」
本当にわなわなと震えるものだな。
今日は自制がきかない。
「悪いな。俺はこれかもソロでやるよ。前にも言ったけど、そもそも俺がやってるのは地球の為じゃないし。”STG28”が面白いからだ。宇宙人の目論見にも乗った気はない。だからといってヒロイズムに浸る気もない。クソみたいな地球人の為に戦うつもりもない」
彼は黙って聞いている。
「でも、お前は助けるよ。お前が地球に大切な人がいて、死なせたくないのなら、そいつらも助けたい。でも俺にはいないんだ。寧ろ・・・いや、そういうことだ。だから”猫いらず”がログアウトしても関係ない。今だから言うけどアイツらは元から気に食わなかった」
「え!・・・だって作戦に協力してくれただろ。戦果を上げてたろ?」
「あれはな・・・寄生っていうんだよ。味方を盾にして・・胸糞悪い連中だ。地球で食い物にしている上の連中と同じだよ。共に戦おうってんじゃない。テメーの戦果しか考えていない輩だよ。それも悪いとは言わないが、そんな連中に俺のSTGを預ける気にはならん。価値観の相違だ。やつらは稼げなくなったから逃げるんだろうよ。勝ち馬にしか乗らないいけ好かない連中だ」
「でも・・・そんなんでも味方がいなくなったらどうするんだよ!」
彼はサイドテーブルを叩いた。
(今日は珍しく話を聞いてくれるな)
余程状態が悪いようだ。
「内部の敵は外の敵より厄介だぞ」
「そ・・・でも、連中は戦果を上げてたろ!」
「味方を見殺しにしてな」
今日はどうしてか俺も引き下がる気がなかった。
「でも・・・アイツらでもいなかったら、この前のだってクリア出来なかったろ!」
「そうかもしれない。でも連中が自分の戦果ばっかりにご執心じゃなかったら救えたSTGがそれなりにあったろうな」
「結果論だろ」
「そうだけど・・。お前が言うように戦いに頭数は必要だ。でも味方を混乱に貶めるようなヤツならいらないだろ。俺が非情なら寧ろ盾にしたのはアイツらだろうな」
彼は一度強くフロアーを蹴ると、足音を鳴り響かせ出ていこうとする。
「タッちゃん・・・ありがとな。お前と出会ったことはこのゲームで最大の収穫だった。まだまだ日本も捨てたもんじゃない・・・そう思わせてくれた気がする」
立ち止まった背中が震えている。
悪いこと言っちまったな。
今日の俺はどうかしている。
「あんた・・・何様だよ・・・」
「救世主なんだろ?・・・お前が言ったんだぞ」
「・・・」
「黒歴史に一ページ刻んだな」
「うるせー!」
靴音も荒々しく出て行く。
(若いっていいなぁ。やっぱりリアルの彼は高校生ぐらいだろうか。俺らの高校時分よりだいぶ幼い感じだが・・・)
「よろしいのですか?」
診察台の横に立っていたビーナスがシャガミ、俺に向かって言った。
「いいんだよ。きっと俺はヤツにも降りて欲しかったのかもな」
「どうしてですか?」
「彼はこのゲームをするには人が良すぎる。そのうち利用されるよ。あんな真正直なヤツが濁っていくのを見たくない」
「日本で有効なSTGは徐々に減っています」
「確かに数は必要だよ。ま~海外の連中とやるのもいいか。あれだろ自動翻訳出来るんでしょ」
「可能ですが、こういうのはニュアンスが大切だとマスターはおっしゃいましたから」
「ま、そうなんだけど。今更勉強しても間に合わんし」
「では以前からコンタクトを希望されているフィンランドのチームと連絡をとりますか」
「・・・・やっぱいいや。俺はこれからもソロでやるよ」
「マスター・・・」
「俺はね楽しみたいの。今はビーナスにあの水着を着せるのが目標であり、生きる目的なんだ。それしかない。地球が宇宙人に滅亡させられるんなんて結構じゃないか。てめーで始末するよりよっぽどいい」
「・・・」
ビーナスは黙っている。
形容し難い表情が出来るもんだな。
でも、そこに意味はない。
「しかし・・・うすら寒い人生だな・・・クソみたいな人生だ。タッちゃんには悪いけど救世主とはほど遠い・・・」
ビーナスが黙って首を振った。
悲しそうな顔をしている。
(人工知能の反応に幾ばくかでも癒されるなんて・・・我ながら嫌になる)
いっそこのまま仮想空間の中で暮らしたほうがましなんじゃないか。
そういう物語もあったな・・・。
「ああ、寒い・・・」
サイトウは胎児のようにうずくまった。
ビーナスが覆いかぶさるようにサイトウを抱きしめる。
触れられているのはわかる。
でも熱量は感じない。
脳が得たいの知れない感覚に不快感を返す。
彼は底知れぬ冷たさに覆われ、そのまま眠りに落ちた。
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