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黄レ麗:最終話:高校デビュー

「ありがとうございました」
全力で走り過ぎた。
調子こいた。
疲れた。
息が切れすぎてヤバイ。
もうそれなりに寒くなってきたというのに僕は身体も心もホカホカだった。
コンビニのレジ袋を眺める。
メロンパン二つにフルーツ牛乳といちご牛乳。
(レイさんは苺が好きな気がする)
予想より早めに着きそうだったのでコンビニに寄った。
一限目の休み時間でつまみ食いしよう。
(メロンパン・・・)
一つは僕の分、もう一つは彼女の。

コンビニでパンを物色した時、初めて彼女と喋った日を思い出した。

ずっとキッカケを探していた僕に差し出された女神の手。
そこにはウルトラ-イレブンのメロンパン。
僕にとってのマジックアイテム。
これがあればいつでも彼女と話せそうな気がした。
でも、もう大丈夫。
メロンパンがなくてもいつでも彼女と話せる。
これまでスポーツマンがジンクスを気にしたり、験担ぎするの気持ちがわからなかったけど、初めて実感をもって解ったような気がする。
彼女にとって特別なもの。あの日以来かもしれない。雨の日、ホットコーヒーとメロンパンを渡して以来。
ゲームではマジックアイテムを早々使っていいもんじゃない派だ。マキなんかあるだけ使っちゃう方だけど、僕はここぞという時にしか使わない。これを渡してしまっては二度と話せないんじゃないかと気掛かりで食べることも遠慮していた時期もあった。

校門が見える。
何時も僕が登校する時間には大勢の生徒がいるのに、この時間はまばらだ。
時計を見る。
(予鈴はまだ、走るとこんな感じに着くのか)
僕の後ろに続く者がいないところをみるとギリギリの時間だろう。
門に目がいく。
(あ、あの守衛さんは・・・昨日の・・・)
なんか気まづい。
いつもは人が多いから何気に挨拶出来たけど、マンツーマンというだけでこんなにも心持ちが違うもんだな。何より昨日の出来事が僕に棘のように食い込む。
(我ながら真面目過ぎて嫌になるな)
頭を下げる。
「お早うございます」
「あ!おはよう」
いつもこの守衛さんはブスっとしていた気がしていたけど、満面の笑みで応えてくれた。
「昨日はすいませんでした」
不意に口をついた。
「いや、いいんだよ。こちらこそありがとう」
(え、ありがとう?どういう意味だろう)
予鈴が鳴った。
「じゃ、失礼します」
ちょっと気になるけど。
「はい」
守衛さん、心なしか顔が赤い。
風邪とは違う感じ。ちょっと酔ってる?
以前と違って凄いニコニコしている。
何か嬉しいことでもあったんだろうか。
先生は僕のことどう言ったんだろう?
気になる。
でも、聞いてはいけない約束。
(ま~でもいいや、悪い雰囲気じゃないし、そもそも先生が悪く言うはずもないだろう。いい意味でも誤解なら望むところ)
僕は再び走りだした。
急に彼女が着ているか気になりだす。
(レイさん・・・大丈夫だろうか)
今朝の夢はひょっとして別れの予知夢なんじゃないだろうか。
いない可能性があるなんて、この瞬間まで忘れていた。
(まさか・・・大人のマーさんってやらが来て・・・彼女を・・・)
僕の足は自ずと速くなる。
(ダメだ、妄想は毒、妄想は毒だよ)

妙に騒がしい。
人だかりが出来ているようだけど。
(あのクラスは・・・僕のクラス?)
クラスの前に人垣が出来ている。
何があった?

「おっ!ナイトのお出ましだー!」

タンクだ。
何があった?
誰が来たって?
人だかりは一斉に僕が走っている廊下の方を見る。
僕は思わず立ち止まり、後ろを振り返った。
(誰もいない)
そう言えば昨日から人のことをナイトウ呼ばわりしているけど、あれはどういう意味なんだ。
「おせーよ!お前、心配したんだぞ!」
マキが飛び出してくる。
「おう、おはよ」
僕はどうしてか咄嗟にレジ袋をバッグに仕舞う。
(何時になく上機嫌だな)
ナガミネも顔を出す。
「おはよう」
黙ったままニヤニヤしている。
僕がクラスの前に来ると海が割れるように人垣が引きザワめく。
どうしてかリムスキー=コルサコフの禿山の一夜が頭に中で再生された。
音楽の授業で聞いてからというもの、精神的にピンチになると何かと流れてくる。
(なんで僕をニヤニヤしながら皆見ているんだ。不気味だな・・・)
クラスを取り巻く人垣は怪訝そうな顔を僕に向けている。
中に入ると同時に小さく黄色い声。
(なんだなんだ!何が起きてる?)
目を丸くした。
何かを囲うように人垣が出来ている。
(サ、サプライズ?まさかフラッシュモブってやつ?え?)
その人は僕を見ていた。

(・・・誰だ?)

あれほど賑やかだったのが嘘みたいにクラスは静まり返った。
僕の脳内で狂騒的に流れていた禿山の一夜が止む。
皆が僕の何かを待っている。

「・・・て、転校生?」

マキに向かって言った。
皆がテーブルをひっくり返したような大きな笑い声。
(なんで、なんで笑ってる?何がどうした!何を間違った?)
マイサンズの皆を筆頭に腹を抱えて笑っている。
僕はただ意味がわからず、答えを求めて周囲を見渡す。
でもわからない。

(彼女は僕を凝視ししている)

長い黒髪の女性。
肩甲骨あたりまである。
同級生とは思えない大人びた顔立ち。
背がやけに高い。僕と同じか少し高いぐらい。
スラっとして姿勢が良く、とても凛々しい、身長もより高く感じる。
メッチャ可愛い。
綺麗。
格好いい。
芸能人?
制服は卸したてのようにパリッとしている。
(モデルみたい。それとも女優さんか、凄い・・・美人だ・・・)
聡明さを伺わせる理知的で力強い瞳。
でも優しさのような柔らかいものも感じられる。
(吸い込まれるような目だ・・・あ~恥ずかしい。でも目線を外せない。どうして僕を見つめているんだ?)
クラスのどよめきは二人を見て次第に返す波のように静かになっていく。
僕を見つめるその女性は頬を赤らめ、口をへの字にすると声を発した。

「おはよう」

「えーーーっ!」
クラスは土砂降りのような笑いに再び包まれた。
余りの音量に驚いて身体がビクッとしてしまう。
それよりも、この声・・・。
このハープのように美しい声は・・・。

(レイ・・・さん?)

僕が口をパクパクと動かすと、タンクが「しー!静かに!」と。
クラスは再び静寂が訪れる。

「あの・・・レイさん?」

彼女は小さく頷いた。

「・・・えーーーっ!」

爆風のように笑いが起きる。
目一杯まで貯めていたダムが一気に放水したかのようなどよめき。
笑い声というより爆音。
「どうして?・・なんで?え・・・」
マキが僕の肩を叩きながら腹を抱え笑っている。
「俺を、笑い死にさせる、つもりか」
「だって、だって、彼女、え!?」
彼女は静かに僕を見つめている。
「本当に、本当にレイさんなの?」
「どこかおかしいかな?」
不安そうな顔を浮かべた。
「おかしくはないよ、凄く・・・綺麗だよ・・・」
彼女はハッとしたような表情を浮かべると赤くなった。
女子から黄色い悲鳴。
男子からは大ブーイング。
「え、どうして、なんで?」
(本当にレイさんなのか?)
これは僕をハメようとしているんじゃ?
まさか夢の続きなんじゃなかろうか。
「本当に・・・レイさんなの?ドッキリとかその類いの?」
笑いのビックウェーブ。
「死ぬ、腹が、死ぬ」
マキは笑い過ぎてしゃがみこんだ。
ヤスやミツは笑い泣きしているじゃないか。
どうしてナガミネだけ表情が沈んでいるんだ。
髪といい、服といい、何から何までがいつもと違う。
表情も明るい。
そうだ、何から何までまるで別人だ。
でもこの声は間違いなく・・・レイさん。
「制服は買ったの。昨日届いたものだから」
「え、そうなんだ・・・」
僕は彼女の髪を見た。
「これはミネちゃんがやってくれたんだよ」
ナガミネはどこか気まづそうに頷く。
そういえばさっきからどうもナガミネがぎこちない。
何かあったんだろうか。

「ほらほらほら、何しているんだ。予鈴はとっくに鳴っているぞ」

廊下で声がする。
人垣は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
(スズキ・・・普通に登校している)
結局はお咎め無しになったんだろうか。
どういう取引が裏でされたのか。
(あー聞きたいことが一杯あるのに・・・)
皆は余韻を抱えたままそれぞれの椅子に戻る。
彼女は僕の目を見つめ、頷いた。
僕もわけもなく頷き返す。

混乱から立ち直れない。

どういうことだ。
どうしてレイさん。
でもまてよ。
レイさんは登校しているじゃないか。
そうだ、とにかくそれを喜ぶべきだろう。
考えるな。
先生が言っていたじゃないか。
考える必要はない、まずは在るが儘を受け入れ認識すればいいって。
(良かった・・・夢じゃなかった)
あれはレイさんがいなくなる予知夢でもなかったんだ。
それだけで満足。
僕がレイさんを見ると、彼女も僕の方をチラっとだけ見た。
ドキドキする。
何かが違う。
今までのレイさんと何かが。
いや、何もかもが違うんだ。
何があったんだ?
どうして、何が彼女をここまで変えたんだ。

僕の動揺とは裏腹にクラスは何時ものように静まり、出席がとられる。

あることに直ぐに気づいた。
(ナメカワさんがいない。休みなんだ)
珍しいこともあるものだ。
彼女が休んだ記憶はない。
(風邪かな?)
ん?・・・スズキは心なしか顔が赤いような。

「はい」

レイさんの声、安らぐ声・・・声?
彼女が返事をした。

「え?・・・」

スズキの名簿を読む声が止む。
僕もそうだけど皆が心持ち彼女を見た。
思えばレイさんが出席確認で声を出したのは初めてな気がする。
そもそも彼女がクラスで声を出したことそのものがない。
スズキが顔を上げ、声の方を見る。
いつもと違う何か違和感を感じたのだろう。
レイさんをジッと見つめた。

「・・・お前、誰だ?」

先生は呆けたような顔で言った。
クラスがドッと湧いた。
漫才のライブ会場のように遠慮の無い笑いが巻き起こる。
先生は愕然とし、僕らをキョロキョロと見回す。
「え、なんだ、どうした?」
僕もおかしくなってきた。
なるほど。そういうことか。
「やだな~先生~」
「生徒を忘れるなんて先生失格ぅ」
あちこちで冷やかしの声が上がる。
笑いのトーンが少し落ち着くと彼女は言った。

「麗子です」

彼を見返す。
その視線には、何のわだかまりも感じさせない。

「・・・・えーっ!」

どよめき。
僕も初めてクラスで声を上げて笑う。
これは笑うなって方が無理だ。
「え?・・・えーっ!本当か?いや、まさか・・・誰なんだ?」
地鳴りのように轟く笑い。
(腹が、腹が痛い)

「騒々しいですよ!どうされました?」

隣のクラス担任が顔を出す。
「スズキ先生、どうされたんですか?」
「いや・・あの・・・アレが・・・」
目をまん丸にして陸に上がった魚のように口をパクパク。
その姿が一層笑いを誘った。
彼はレイさんを指さしている。
「なんですか、も~。彼女がどうかしたんですか?」
「あの、あれが、え?」
笑いが止まらない。
「皆さん、お静かに。他のクラスの迷惑ですよ!」
「あれが、例の・・・」
耳打ちするように小さな声で何かを言っている。

「・・・えっ!?」

先生は大声を出す。
静まりかけた笑いは輪をかけた。
余りの騒ぎに隣の生徒まで一人、また一人と顔を出す。
話題の中心であるレイさんは眉と口をへの字にした。
少し下を向く。
「かーわーいーっ!」
目ざとく男子の誰かが声を上げる。
男どもは我先にと覗きこむように彼女を見た。
「見えませーん!」
「目線お願いしま~す」
後ろ側の席から。
それを聞いてレイさんは顔を上げ澄まし顔。
「可愛いい」
女子から声が上がる。
レイさんは口に人差し指を当て、声を出さずに「しーっ」と言った。
女性陣からの黄色い悲鳴。
彼女は全員の視線を受けきまりが悪そうな顔。
皆が笑い、レイさんが微笑む。

僕は不意に涙が流れてきた。

「先生、先生、こいつ泣いてます!」
マリオが僕の肩を叩き笑う。
今度は全員の目線が僕に集中する。
瞬間、静かになる。
そして再び怒涛のような笑いが寄せる。
「泣いてる!」
「なんで泣いてんだよ」
「泣いてやがる!」
思い思いの声が笑いながら発せられる。
自分でもわからない。
でも涙が止まらない。
口を抑える自分。
「号泣してるよコイツ!ちょ、マジで大丈夫か」
「おいおいマキが貰い泣きしてっぞ!」
ナリタの声。
「うるせーぞ!見んな」
マキが泣いている。
ヤスやミツまでも神妙な面持ち。
マイコちゃんがいつものヤレヤレといった顔をしているが、その目は潤んで見えた。
ナガミネだけは少し違う感傷でもって僕をみている。
「静かに!静かにーっ!しーずーかーに!」
先生が声を張り上げるが笑いにかき消される。

「騒々しいぞ、一体何をしているんだ!」

三組の先生までやってきた。
涙が止まらない僕。
笑いが止まらないクラスの皆。
異なる感傷で僕を見る友達。
誰が誰やら僕の背中を何人も叩いている。
交じる黄色い悲鳴。
「キース!」
「キーッス!」
謎の合いの手。
「こっちでも貰い泣きしてるぞ」
女子の何人かが泣いているようだ。
笑いながら机を叩く音。
コンサート会場のよう足を踏み鳴らす者。
そこに、

「何ぃーーーっ!」

三組の先生の悲鳴。
「誰か、腹が、腹筋が死ぬ、助けて、助け・・・」
深刻な声。
僕は辛うじて顔を上げる。
レイさんが何人かと話している。
笑顔で。
指差す女子に応じて彼女が僕を見た。
少し潤んだ瞳と目があう。
彼女は笑みをたたえ再び頷いた。
僕はわけもなく頷き返した。

Published in黄色いレインコート麗子

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