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黄レ麗:第七十八話:会話

正門を出た所、バス停に彼女はいた。
ベンチに腰を下ろし傘は立てかけている。
道向かい、やや上空を、見るとはなく眺めているよう。
物憂げな面差し。
内なる自分を見ている。
これほど美しい日本人も珍しい。
欧米化の食事による影響もあろうが彼女の場合は少し違うだろう。
血液的なものを感じる。
両親ではなく祖父母あたりに血が混じっているのではなかろうか。
食事はあまり摂れていないような痩せ方。
あの活力からすると本来ならかなりの大食漢であるはず。
身体は細いが芯は太い。
長身で柳のような様子がない。
今時の男でも無い太さ。

(絵になる)

頑固な反面、柔軟性も持ち合わせている稀有な精神性。
多くを失ったと思われる。
無知ではあるが才能で輝いている。
自らを意図的に曇らせ、目立たなくさせているが隠せてはいない。
板についている。
本生を殺している分、不自由さで仕方がないといった感じ。
意思による強い拒絶の一方、根っからの奔放さが緩和。
合間に見える、すがるようなもの。
それが彼女を現世に繋ぎ止めている細い糸ってところだろうか。

(希望は彼なんだろうか?)

恐らくもう一人か、二人いるだろう。
マーちゃんより深い付き合いの者。
多分、男性。
彼女のこったから大人だろう。
遠すぎず、近すぎず。
三十代ってところか。
今日の発言からすると、一人はイケメンで精力的、楽天家で行動力旺盛な反面横着者。そして素直。モテるタイプ。
事業家の傾向があるだろが失敗も多い。
恋心というか親愛か。兄妹的、依存心、複雑な感情。

(それにしても野にはまだ逸材がいるものだ)

「待たせて悪かったね」
「いえ」
立ち上がった。
「あれだね、君はえらい絵になるね」
「そんなこと」
「いや本当だよ。僕は嘘は嫌いだからね。何事も練度ってある。普通さ、雨の中にいると慣れていない感じが出るもんだ。特に君らぐらいの年齢だと尚更ね。それに加えて、雨か~嫌だな~とか、鬱陶しいな~とか、そういう余計なものが感じられる。でも君にはそれがない。寧ろ、いいなぁ、嬉しいなぁ、そんな気分が届くね。なんでだろ?」
「子供だから・・・でしょうか」
「子供って雨降ると喜ぶもんね」
「はい」
「ただ、あれは特別なことだからだよ。君のはそれとは違う。単なる無邪気さじゃなく、雨そのものではなく雨を通して別なものを見ている感じがする。過去の楽しかった出来ことか、雨の日に出会った相手のことか・・・そんな所だろうか」
「・・・そうです」
素直だ。
「レイちゃんさ、その人に感謝した方がいいよ。君とマーちゃんを結びつけたのは多分その人だと思うんだよね。感だけどさ」
「そうだと思います」
「ちょっと座っていこう。疲れちゃった」
「すいません、私の為に・・・」
「謝ることはない。んで、さっきの話だけど、君のことだから感謝はしているんだろうけど、多分、その人が願っているものと違う気がするんだよね。ご免ね何も知らないのに偉そうなこと言って。あんたのこったから誤解はしないんだろうけど、敢えて言わせてもらうと、マーちゃんから聞いたんじゃないよ。彼は君のこと中々言わないから。普段どうでもいいことはお喋りなのに。だからあくまで僕の直感なんだけど、君はその人に囚われ過ぎているんじゃなかな。恐らく相手は男性でしょ。君よりもずっと歳上で若い父と娘ぐらいの開きはあるだろう。かなりのイケメンで・・・君と同じモデル系かな。多分痩せ型。快活で表裏がなく、単純なんだけど感受性が豊か、楽天家。その場凌ぎの動きが多いけど、そう見えて動きながら考えるタイプ。根が怠け者だから動かないと腐っていく。動くと回り出す感じ。多分ね、君が考えているよりその人はもっとしっかりしていると思う。そして言葉にはしないけど、君のことを強く思ってるよ。深い部分でね。君の幸せを願っている。君の境遇がどうだか実際のところ何も知らないし聞いてもいないんだけど、そう感じるね。そして恐らく彼は君にもっと出て欲しいと思っているんじゃないかな」
彼女は隣に座った。
「・・・出るって・・・どういうことですか?」
「社会に出ること。君の場合は学校になるね。君からしたら学校なんて下らさないと思っているだろうけど」
「・・・」
「実際 下らないんだけどね」
「え・・・」
「でもね、下らないものを見て、下らないっていう人間は普通だ。下らないものの中に、いかに下るものを見出すのがセンスだと思うんだ。君にはそのセンスがあると思う。無ければ言わないよ」
「そうなんですか・・・」
「マーちゃんにはこんな話はしない。彼は学校の下らさなに気づいてないからね。学校へ行って何かを得られると勘違いしている。あー見えて君と違って他人任せで無責任なところがある。自分の人生を真剣に考えていないよ。百年なんてあっという間なのにね。僕に言わせると学校は道具だ。道具は利用しないと。学校は利用してこそ活きてくる。利用するには理解していないと使えないよ。だから振り回される。道具に振り回されるなんて下らないでしょ。それを教えられる側、教える側すらもわかっていないのが現実だ」
「・・・」
「でもね、僕が思うに、授業なんて、学校なんて、行事なんて下らないと切り捨てるのは違う。下らないんだけどさ。そうじゃなく、下らないことを充分に知りながら、それでも虚心坦懐でもって事にあたることで初めて学びがある。下らなさにも、下るものが見いだせる。そこから学校は機能する。学校の言いなりになれってことじゃないよ?君ならわかるだろうけど。君はそこを努力したらどうだろうか?」
「そうすれば・・・報いることが出来るでしょうか」
「出来るだろうね。それどころの騒ぎじゃないと思うよ。多分彼らの想像を上回ると思う。雨の王子様もそれを願っているんじゃないかな。君のその可能性を信じているから黙って見ているんだと思う。想像だけどその人は元々介入したいタイプなんだろうけど、自分が間に入ることで君の可能性を潰したくないからこそ距離をとっているんじゃないかな。それは辛いと思うよ。僕は今日の話の中で君に対してそんな背景を感じたんだけど。どうだろうか?」
「仰る通りです」
「レイちゃんさ、マーちゃんのこと好きでしょ」
「・・・」
「いいんだよ。言っても。彼には言わないから。余計なことを考えなくてもいんだ。自分の心の声を聞かせて欲しいな」

「好きです」

「男として好きってことかな?」
「・・・わかりません」
「本当にわからないの?」
「・・・」
「僕はね、嘘が嫌いだよ」

「好きです・・・男性として」

「だろうね。彼にはそれが全くわからないみたいだけど、僕は君を見た瞬間に『あ~』と思ったよ。いつだったか夜会ったじゃない?」
「迷子の生徒さんの」
「うん。好きだから迷っているんだこの子はって直感した。君は興味のない人は自分の中から存在を忘れるぐらい気にならないでしょ」
「多分そうだと思います」
「沈むことはないよ。僕もそうだからわかるんだ。これは彼から聞いたんだけど、自分のことを疫病神って思っているんだって?」
「・・・はい」
「僕は彼とは違う意見なんだ。彼は君を疫病神じゃないと力説する。僕は君が百歩譲って疫病神だとしてそれがなんだって言うのかと思うね。命っていうのは順逆一視だ。何をもって易と見て、何をもって災と視るか。それはスパンの問題だよ。短く見れば、良かった、悪かったって判断つくだろうけど、人生という長いスパンで見ると、良かったと思えた切っ先のせいで下り坂に入ることもあるし、その逆もある。いずれにせよそれは表裏一体だ。それら全てが自分であって切り取ることは本来出来ないと思うんだよね。災が駄目で、易が良いとする見方はバランスが悪い。局所的な視点だ。それらは一つと考えればいい。下がる時があれば上がる時もある。下がる人がいるから上がる人もいる。それらはずっと維持はしない。寧ろ維持しようとさせない方がいいぐらいだ。ジェットコースターってあるでしょ」
「はい」
「僕は高所恐怖症だから乗らないんだけど、あれは最初ずっと上がるよね」
「はい」
「そしてゴッと下がる」
「はい」
「上がるから下がる。上がれば上がるほど下がりは大きい。相場と同じだ。ずっと下がり続けることもなければずっと上がり続けることもない。その波は人によって大きく個体差があるけど、自然に生きていれば自分に合った波で迎えられるもんだと思う。帳尻は合うもんだよ。マーちゃんなんか難しいこと知っていてね、この話をしたらこう言ったんだ。『エネルギー保存の法則ですね!凄い』って。生きとし生けるものというのは大きく調和するんだと思う。不自然に生きれば、帳尻はあわなくなることもある」
「不自然ですか・・・」
「頭で、思い込みで、思いの丈で生きるってことかな。君がこれまでどういう人生を送ってきたかわからないけど、多分、それはそれで良い事も悪い事もあったろうよ。大なり小なり誰しもあるもんだから。今の君は命を固く閉ざしている。しかもマーちゃんと違って無理矢理にね。彼は良くも悪くも頭で自分を制御できちゃう人だから、それが問題なんだけどね。でも君は違う。素直な人間だ。力づくで本心をねじ伏せようとしているのは辛いだろう」
「はい・・・」
「人間が川の流れを丸々無理に自分たちの所へ引っ張ろうとするようなものだ。当然、全く予期しない災害や問題が後から出るよ。それなら、川のうねりはそのまま活かしつつ、少し拝借するぐらいに留めないとね。それでも災害は起きるだろうけど遥かに小さいと思う。起きたら起きたでその災害を受けまた歩む方がトータルで見て被害は少ないだろうね。自然を籠絡するのではなく自ら変えていけばいい。君もそういう感じでどうだろうかな?」
「私は・・・手遅れです・・・手遅れなほど汚れています」
「仮に汚れだとして、僅かな汚れで海は濁らないよ。海は流れているからね。命ってのは海みたいなもんだ。池ならわからないね。君の言うように。留まった水はいずれ淀むから。海に繋がるか、池にとどまるか、それは君の自由だ。何を望み、何を捨てるか。それもまた自然の運行だ。マーちゃんなんかさ、最近変わってきたでしょ」
「はい!」
「彼はこれまで閉ざされた池だった。しかも小さな小さな池。でも最近はチョチョロって外に向かって流れてきている。君のお陰だよ。彼は一方では大人より頭がいいのに、えらく鈍感な部分があってね、まあ自分の事はわからないものだから仕方ない点はあるけど、内なる声を黙殺して育ってきたのが原因だろうね。これはあながち彼だけの問題じゃない。社会や親や、そうしたものが助長させた結果だけど、もう十七歳だからね、そうも言ってられないよ。僕は十七で弟子をもったよ」
「そうなんですか」
「マーちゃんなんかまだ子供だからわからないようだけど、あのわからない感じがいいよね。彼なんか観賞に耐え得るよ。幼くて、餓鬼みたいで、バカみたいで」
「先生ったら」
「おめでたいなって」
「ひどい」
「それって凄い豊かなんだよね。とっても貴重な時間を過ごしている。学校なんてバカみたいだと充分に知りながら先生の下らない要求に『はい』と耳を貸し、ヤリたければやればいい。やりたくなければやらずに、やりたいことをすればいい。言い訳をせずにね。それも無ければ心を自由にするだけでいい。発想というのはそうした所から生まれる。ボーッとすればいい。下手に自分を探すなんてことはしない方が賢い。腹の辺りがザワザワするのなら、どうしてそう感じるのが己を探ればいい。どこに要因があるのか。学校はそうした時間をもてる場であり、人と出会える場であると思う。君は人より早く実社会を見たうだね」
「そうかもしれません・・・」
「それならそれで活かせばいいだけだよ。どっちが正しいとか無いから。どっちも正しいとも言える。大人達が目くじら立てる学校の成績なんてどうでもいい。あんなのは自分が成し得なかった過去の投影を子に映しているだけだ。もしくは自己のエピゴーネン、視点、価値観を子供に押し付けている行為。僕は中学の時、高校へ行けという母に言ったよ。『そんなに勉強がしたいならテメーがやれ!僕が勉強せずに高校いけるぐらいにしてみろ!』ってね。そうしたらオール1だった僕を高校に入れたんだ。これは仕方がないなって思ったよ。そこまでしてくれて『いかない』というほど僕は傲慢じゃなかったんだね」
「先生は・・・この道で行こうと思ったのは何時からですか」
「さーいつだろ?ただ、中学を卒業したら弟子をとろうとは思っいたかも」
「凄いですね・・・」
「どーだろ?僕は遅い早いは気にしていない。ただ・・・なんとなく人生って短いって感じていたから、焦っていたのか・・・。それが原因かも。何にせよスタートは人それぞれだから気にすることはない。焦ったところで機会は益々遠ざかるだけだ。僕はただ、そうだったってだけ」
「お母様の為にも授業は熱心に聞かれていたんでしょうね」
「聞くかい。あんな下らないもの」
「でも習字の先生ですから、役に立ったんじゃないですか?」
「全くだね」
「私が言うのもおかしな話なんですけど、古文とか、漢文とか、先生の分野じゃないんでしょうか」
「古文漢文なんか興味なかった。僕は実作家志望であって学者じゃないからね。今も興味はないんだけど、仕事上の知識としてはあるよ。弟子や世間に対して責任があるからね。それよりも僕は書けてこその書家だと思っていたから。知識なんて必要な時に必死こいてやればほとんどのものは一年もあればどうにかなる」
「そうなんですか・・・」
「自慢だけど、僕より酷い成績の人はいないね」
「私はもっと酷いです」
「そうなの?」
「私はずっと下ですから」
「でも僕は一学年ずっと最下位だったよ。それより下はないよね」
「え、私と同じ・・・先生が!」
「しかもダントツだよ」
「私もです」
「気が合うね~。でもさ・・・レイちゃんは名前は書く人?」
「え・・・書き、ます」
「やっぱり。僕の方が下だよ。レイちゃん名前は書くんだ。偉いね~」
「じゃあ先生は」
「名前すら書くのも面倒だったから。白紙で出してた」
「意外です・・・」
「余りにも酷いってんで、先生がさ『せめて答案を埋める努力はしろ!』って言うもんだから、埋めたんだ」
「答えるだけ凄いですよ」
「いや、全部適当だよ。『あいえうえお』とかね。それで全部埋めた。名前が『いろはにほへと』だったかな」
「ええええ」
「呆れるでしょ。そうしたらね、今度は先生が『名前ぐらい自分のを書け!』って言うもんだから、名前だけは書くようになったね」
「凄い・・・」
「それこそ高校一年だから君らの歳だよ。腹が立つのはオールゼロ点で一学年を綺麗に終えるはずだったのに、可哀想に思ったんだろうね。三学期の最後のテストで、名前を書けって言った先生が、名前が書けたってんで五点をくれた時があった」
「いい先生・・・」
「僕からしたら余計なお世話だよ。かえって惨めじゃない?名前書けて五点なんて馬鹿にしたもんだよ。それなら僕はオールゼロの方が良かったね。清々しいよ」
「先生・・・先生って本当に大きな人です」
「身長だけはね。ま、単に餓鬼だったんよ。無知が故、生意気だった。尖ってたんだ。今にして思えばただただ恥ずかしいばかりです」
「私、先生みたいな立派な大人に初めて会いました。マーさんも、いつも『先生は!先生は!』って心から尊敬していて羨ましかった。熱心に先生の言葉を伝えてくれるんです」
「彼は大袈裟なんだよ。僕は何も大したもんじゃないから」
「いえ、わかります。マーさんの言う通り、本当に先生は立派な方だと感じます。私とは違うんです。・・・私なんか単に頭が悪いだけで、学校には嫌な思いでしかありませんし・・・授業も何を言っているかサッパリで・・・」
「僕もサッパリだったよ」
「私は先生のように尽力してくれる親もおりません」
「踏み込んで失礼だけど、ご両親はどうされたの?」
「死にました」
「二人共?なんだそうかい、悪いこと聞いちゃったね」
「あ、母は生きています。多分。わからないんです。小さい頃に出て行ったきりですから。だから私にとっては死んだのと同じです」
「辛かったね」
「・・・」
「じゃあ、これまでどうしてきたの」
「マーさんが・・・。あ、私の世話をしてくれた男性が、たまたまマーさんって私は呼んでいるんですけど、当時、父がまだ生きていた頃に隣のアパートに住んでいた人で・・・父が亡くなった後に私を引き取ってくれました」
「それこそ凄いよレイちゃん。親がね、子のために尽力するのは当然だよ。でも、君の場合はもっと尊いことだよ。そりゃ、一生その人には不義理は出来ないね」
「やっぱり・・・手遅れかもしれません」
話始めて最も辛そうな顔を浮かべた。
その表情は雨の王子様との結びつきの強さを象徴している。

Published in黄色いレインコート麗子

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