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黄レ麗:第七十四話:生徒たち

マキが真っ先に僕の元に走って来た。
「今度は逃さねーぞ!」
僕の腕を強く掴む。容赦のない力。
彼は必死の形相で僕を見据えた。
(お前は僕に何を見ているんだ。どんな思いを感じている?)
ナガミネが駆け寄ろうとし机の足にぶつけたのか苦悶の表情を浮かべるも直ぐ気持ちを立て直しやってきた。それにヤス、ミツ、マイコちゃんも自然と集まる。それを目にし、胸の奥底から形容しがたい何かが込み上がり僕は思わず、
「みんな・・・ありがとう」
口をついた。
「どういう意味だよ!お前・・・ユウレイと心中でもする気じゃねーだろうな・・・」
僕の何を見てそう思ったんだ。
「マッキー落ち着いて」
マイコちゃんは声をひそめた。
「マーちゃん・・・」
ヤスが珍しく真剣になっている。
ナガミネは言葉にならないようだ。
眉を八の字にし目を潤ませ僕をただジッと見つめ、言葉にならない言葉を発している。
口火を切ったのはミツだった。
珍しく怖ず怖ずと尋ねる。
「色々と聞きたいんだけど・・・時間あるかな」
応える時間はない。
「いかなきゃ」


焦りは無かった。
「なら俺も行く」
マキの発言にナガミネも激しく頷く。
「行きましょう、我々も」
ミツが促す。
「最強パーティーです!僕は魔法を使います」
ヤスは本を広げるジェスチャーをしながら自分なりに思いを伝えた。
クラスメイトの一部が僕らの様子を遠巻きに見ているのが伺える。
その中から一人が歩み寄る。

「私もいいかな。これでも委員長だし」

ナメカワさんだ。
皆が強い目で見返す。
「ありがと」
僕がそう答えると「どうして!」という顔をそれぞれが向かう。
(僕はやっぱり彼女を悪いようには思えない。疑問が無いではない。でも・・・いや、よくわからないや)
先生の言うように彼女には何か目的があってそうしたのかもしれない。でもそれだって先生の想像にすぎない。仮にそだったとしても、誰だって大差ないじゃないか。母さんだって、父さんだって、皆だって。目的をもって接してくる人ばかりだ。人に接する時、皆目的があるんだ。
(果たしてそうだろうか)
一方で直ぐに否定される。
(少なくともマキは違う)
そうだ。先生なんて勿論違うし。
目的をもって接する人と、心を持って接する人がいる。
彼女は目的をもって接する人だろう。
(でも・・・)
先生も言っていた「嘘から出た真」そういうこともある。
ナメカワさんも真になればいい。
(先生の言う通り、彼女が僕のタイプだから擁護しているのかな)
否定は出来ない。
実際タイプだと思うし。
彼女がタイプじゃない人の気が知れない。
(駄目だ。わかんないや)
とにかく行こう。
僕は彼女のことを何も知らない。
だから妄想で補うのは無しだ。

「行こうか」

僕らは職員室まで無言だった。
ナメカワさんがいなかったら違ったのかもしれない。
彼女もまた黙っている。
何時もと変わらぬ落ち着いた雰囲気。
(不思議な子、魅力的だ)
結局、彼女が言っていた「私ならどうにか出来る」とはどういう意味だったんだろう。聞きたい気もする。
「失礼します」
三度目の正直。
辺りを見渡す。
やけに先生が少ない。
一限目の時と違って、誰からも声がかからない。
辛うじて目があった先生に声をかける。
「あの、よろしいですか?」
「あ、ご免なさいね。ちょっと先生方が出払っていて手が回らないから、緊急の要件じゃない限り後にしてもらえないかな?」
緊急の要件か・・・。
僕にとっては緊急ではあり、この先生にとっては緊急ではなくもあり。
「二年の先生はおられませんか?」
「ええ・・・どうでしょう・・・」
落ち着かない様子。
顔は(察してくれ)と言わんばかりに眉をしかめ僕を見ている。
他の先生方も対応に雑務に追われているといった感じ。
幾らなんでも、いい加減終わっていて不思議じゃないのに。
(流れが悪い)
先生との会話が脳裏をよぎる。

「君はすぐ才能がどうのっていうけど、才能より大事なのは流れだよ」
「流れ・・・ですか?」
「ん~君らの言う運だね。僕は運びって言うんだけど。どんな才能も流れには敵わないからね。流れの潮目を見ることの方が大切だと僕は思うね」
「でも・・・それも才能じゃないんですか?」
「大きくはそうだけど、流れは誰でも感じうるし、努力で誰でもある程度のレベルで把握出来る点で違うよ」
「どうやってするんですか?」
「自分で何かをやろうとするじゃない」
「はい」
「上手くいかない。自分が原因じゃなくてね。自分はやるだけやっているし、調子もいい、自己の流れはいいのに、どうも事が運ばない」
「あー!・・・あります」
「そういう時って周囲が渋ったり動きが鈍かったり。外へ出たら雨が降りだす、傘を忘れる、電車やバスにタイミング悪く乗り過ごす。車に水か跳ね上げられる、色々あるでしょ。重なる時」
「ありますね!あります!」
「一つ一つは小さなものだけど流れが悪い要因を作る。それでもなんとも思わない時と、どこか腹立たしく感じる時があるよね」
「はい!」
「流れが悪いんだよ。気づかないと。そういう時にゴリ押ししたら流れを無理やりこじ開けることになるから、後で負の部分がどっと自分に来るよ。往々にしてその時はいいんだ。自分の流れがいいからね。後でそのツケを払わされることになる。それは君がその時に得た何かよりきっと大きいよ」
「なるほど・・・」
「他にも一杯あるけどね。例えば、普段喋る人が体調とは関係なくどこか様子がオカシイとか。全てが上手くいっているはずなのに、何かボタンを掛け違えた時のような『おや?』っていう感覚が自らにあり、それが足かせになるとか。こういうことはね必然であって偶然じゃないんだ。個々人に生体リズムがあるように学校の運行、クラスの運行、社会の運行、地球規模の運行にもリズムがある。これが流れだ。地球のリズムが乱れているのに個人ではどうしようも出来ないでしょ」
「無理ですね」
「だからそこを見るんだ。自己のリズムなんて小さいものだからね。社会の運行からしたら小さいでしょ」
「でも・・・地球の運なんてどう見るんですか」
「まずは君が見るべきは君の属する社会だよ」
「僕の?」
「学校、もっと言えばクラス。そして家庭だ」
「あ~・・・」
「例えば君のクラスが何かわからないけど盛り下がっているのに自分が調子いいからって一人だけ盛り上がっていても浮くでしょ」
「覚えがあります・・・」
「そういう時は『なんだアイツは』って思われる。負の力が向いてくるんだ。負の力は強いよ。流れを阻害する。そういう時は大人しく力をタメておき、運びがいい場所で使う」
「そうなんだ・・・」
「僕から言わせたら誰しもそれなりに才能はあるんだよ。気づいているかどうか、掘り下げているかどうかの差であって。才能はどう活かすか。それは誰しも同じだ。自分の好ましい才能があるとは限らないからね。無いものはね、無いんだよ。あるもので勝負しないと。頭と持ち物は別だから。その知った上で流れを見る」
「難しいですね・・・」
「簡単だよ」

「わかりました。出直します。お忙しいところ失礼しました」
(流れが悪い)
大事になっているんだろうか。
僕の頭の中では二学年の先生方VS二人の絵面が浮かんだ。
あの二人ならやりかねない。
(妄想は駄目だ。事実をただ認識しよう・・・)
自分に言い聞かせる。
「珍しいね・・・こんなにいないなんて」
ナメカワさんが普通に言った。
この状況で普通なんだから凄いな。
そしてニコリと笑う。
可愛いなぁ。
(何か知っているんだろうか?)
「ほんとだね」
笑顔で返す。
皆は黙って僕を睨みつけた。
負の力が向かっている。
「帰ろうか」
胸騒ぎを打ち消しつつ、言った。
遠くでサイレンの音が耳に入る。
こちらに向かっているんだろうか。
(まさかスズキ逮捕とか。それともレイさんか先生が・・・)
駄目だ。
どうしてすぐ妄想するんだ。
認識力、認識力・・・。
今は「いない」という事実だけをわかっていればいい。
「マーちゃん、ちょっといいかな」
少し歩くとナメカワさんが声をかけた。
「どうしたの?」
「話があるんだけど」
心臓が鷲掴にされたような感じだ。
「ナメちゃんご免ね。先約が・・・」
マイコちゃんが口を挟んだ。
指をさした相手はマキ。
マキは表情を固くしたまま歩いている。
「そっか、じゃ、また後でね」
口をへの字に曲げ眉を上げる。
(なんて可愛いんだ)
不謹慎かもしれないけど、思っちゃったんだから仕方がない。
僕と二人きりにさせないよう気をきかせてくれたんだろう。
マキとはそんな約束はしていない。
「そうだったね」
でも僕は自然の成り行きにまかせ、彼女の投げかけを拾った。
「ごめんね、ナメカワさん」
彼女に向かって笑みを送るとマイコちゃんが凄い形相で僕を見た。
(ニヤニヤしてんじゃねーよ!)
ってとこだろうか。
「マキ、ちょっといいか」
「なんだ?」
ナメカワさんの顔をみる限り、見え透いた嘘って感じに捉えていそうだ。
なるほど、言われてみると彼女は額面通りではなさそうだ。
「皆は先に戻ってて。ありがとう、ゴメンな」

「マーちゃんは直ぐ謝るんだね」

レイさんの声が頭の中で聞こえる。
謝るか・・・。
「君の言葉は上辺だけだよ。心がない」
先生の声が続く。
「最近の人はスマートだね。なんでも流せばいいと思ってないかい?事なかれ主義って言うの?その場がただ収まればいいと思ってる。そんな人生には心頭迸るような活きた人生は送れないよ」
先生は随分と厳しいことを僕に言うな。
「一言でいいんだ。言葉を充分に選び、最も最適と感じるものなら。それだけで通じるよ。通じないような鈍感な人間相手でも、思いの丈は幾ばくかでも伝わる」
言葉って難しい。
「平易でいいんだよ。難しく言う必要はない。専門用語で誤魔化す必要もない。あれは逃げだ。簡単に、短く、心をこめて」
先生・・・難しいです。
「難しくしているのは君だ。逃げているんだよ。誰でもない自分の人生からね。逃げてもいんだけど・・・逃げた人生の最後は哀れだよ。何人も見てきた。僕は君にそうなって欲しくない。だから嫌われようがこれからも言うよ。言う方も辛いんだけどね、言う方が辛いかもね」

予鈴が鳴った。
皆お通夜の帰りのように沈んだ様子。
ナメカワさんだけはいつも通り。
(彼女は凄いな。度胸があるんだろう。この中で唯一何気ない)
「こちらこそ邪魔しちゃってご免ね」
「邪魔じゃないよ」
彼女が手を振り、僕もそれに応える。
マイコちゃんが鬼面。
声には出ていないが「何やってんのよ!」と言いいたけに口を動かした。
皆が帰っていく。
女子とは凄いもので、鬼面を見せた彼女が次の瞬間には笑顔でナメカワさんと喋っている。僕には到底出来ないだろう。
ヤスはキリっと日本式敬礼をし、ミツが何故か相撲取りがする「ごっちゃんです」と手刀を切った。ナガミネだけは相変わらず眉を寄せ狼狽えたまま、僕を見て彼女らを見て、躊躇ったが、後ろ髪引かれる思いで四人の後を追った。
(ナガミネはいい子だな・・・ありがとう)
「どうした?」
マキが神妙な顔で聞く。
「俺さ・・・・俺がさ・・・。歩きながらでいいか」
うまく言葉に出来ない。

「魂の言葉は短いものだよ」
先生の言葉がまた浮かぶ。

「俺が退学になってもスズキを殴んなよ」と言いそうだった。
でも違う気がする。それも言いたいことではあるんだけど。
(僕は退学するつもりでいるのか)
何かもっと大切なことがあるような。
マキは俺の言葉を黙って待った。
先生との約束。
聞かれれば「言えない」としか返せない。
何度尋ねられようと。
先生のことだ、僕がもし言ったら本当にヤルだろう。
そういう凄みを感じる。
思えば不思議な人だ。
高校生相手にあそこまで真剣になるんだから。
友人に嘘はつきたくない。
でも言うなと約束した。
聞くなと約束した。
「言えない」
これは拒否になる。
皆は少なからず僕を心配して聞いてくるのにそれを断ることになる。
それもおかしい。
「相手の思いを軽々に踏みにじるもんじゃないよ。皆は軽く考えているみたいだけど、誰かが誰かにモノを勧めたり、ましてや自ら動いてくれることなんて、人生において早々あるもんじゃないからね。思いを受け取って、嫌でもやった方がいいことがある。またそうした機会は自らの価値観の変革にもつながるチャンスだ。ただし、なんでもハイハイ受ければいいというわけでもない。自らの中に『ここから先は譲れない』『好きか嫌いか』ハッキリ把握しておいた方がいい。考えることじゃない。身体から来る感覚だけで捉えればいい。そういう確固たるものは欲しいね。グズグズで境界なく受け通しでは自らを破壊することにもなる。相手の思いを受けながら、ギリギリの瀬戸際を常に見越してやるんだ。踏み越えたら終わりだよ。踏み越えるから自殺するんだ。一切譲らないのも簡単だけど、それもまた自己を固めいつの間にか内側に踏み越えるから結果は同じだ。生き物なんて基本は防衛本能で成り立っているようなもんだから内向きになるのは簡単なんだよ。最大限自己を拡張する機会を活かすには投げかけを受ける構えが前提になる。そうした魂のやり取りの中で安易な言葉なんてないもんだよ」
先生は僕の何を見て、ああいうことを言うんだろう。
でも先生の言うそれって、RPGの主人公みたいだな。
ゲームの主人公って思えば頼まれごとばかりしている。
「私の猫を探して」とか、「○○に木材を渡して」とか、完全にパシリみたいなことばかりやっている。でもパシリではない。無理矢理じゃなくて自分で成長の為に受けている点で違う。困っている人に頼まれ、心を動かされ受けていく。何回も何人からも繰り返し雑用を頼まれる中で次第に課題が大きくなり事が運んでいく。そういうことを先生は言いたいんだろうか。
そういえばゲームの主人公にも悪事に加担しないかって提案がある。するもしないも自由だけど僕は必ずしない方だ。そういうのを積極的にやる人もいる。僕らのクランではプレイヤーキラーは一切禁止だけど、それが中心のクランもある。僕らは冗談でもやらない。仲間を斬るなんてゲームでも冗談じゃない。でも平気な人もいる。僕の中にはそんな感覚がある。それが僕の線引なんだろうか。
言えないなら、どう受ければいいんだ。
言えるギリギリの線引はある気がするけど・・・。
言えることと言ったら「知らない」かな。
知っているのに知らないというのは嘘になる。
「知らない」ことは知らないといえる。
事実として僕はほとんど何も知らない。
尋ねられればいずれかの返事を繰り返すことになるだろう。
恐らく何度も言わなければいけない。
何人からも聞かれるだろう。
それは・・・ツライ・・・。
それを心でもって言うなんて、辛すぎる。
無理だよ先生。

「何も・・・聞かないでくれないか」

口から出た。
言いながら「虫のいい話だ」と思った。
僕は言葉を発しながら恐らくマキのことだから受けるはずもないと感じていた。ヤツはいちいち理由を知りたがる。結構細かいことでもそうだ。

「わかった。俺に任せろ!」

全く想像していない返事。
力強く頼もしい。
「ありがとう・・・」
それしか言えなかった。
涙声になったけど恥ずかしさは感じない。
マキは前だけを見て何か見えない敵に立ち向かおうとする勇者のようであった。
心の底から嬉しかった。

Published in黄色いレインコート麗子

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