”女三人寄ればかしましい”とはよく言ったものだ。
親戚が集まった時に父さんが言っていた。
聞き慣れない言葉なので意味を尋ねると、
「すぐ人に聞かずに調べてみなさい。その為の電子辞書だろ?」
と言われる。ま、御尤もである。
スマホが欲しかった頃、父さんが「スマホの良さをプレゼンしてみな。それで納得したら買うよ」と言い、僕は「よし勝った!第三部完!」と思ったけど、結果は玉砕だった。
母さんの攻略は割りと簡単である。
受験、成績、勉強を絡めると大概のことがOKになる。
勿論その為に日頃からの実績は欠かせないけど、そこさえ怠らなければ断る理由もないようだ。だから僕は時折こう思う。
「母さんは成績さえ良ければそれで満足なのか?」
その点においては僕は真面目なのか、着実に答えられた。攻略法が明らかで、その手段も持ち合わせているのだからゲームで言えば攻略の通りにやるだけだ。母さんも母さんで無茶な注文はしない。仮にしたところで僕が言い返すし、それでも駄目なら父さんに話せば母さんはたしなめられる。
スマホ問題も母さんは説き伏せたのだが問題は父さんだった。
僕にとっての一つの牙城である。
その説得の際に「スマホならいつでも辞書が引ける!」と盛り込んだ。
僕にとっては結構切り札の一つのつもりだった。
何せ電子辞書の値段があればスマホは持てる。持つだけなら。
「じゃあ、電子辞書があれば事足りるな」と父さんは速攻で返した。
父さんはなかなかの行動力の人で、驚いたことに、翌日にはネットショップの密林から宅配便が届く。
「はい、電子辞書」
その他、幾つかの切り札(二つだけど)も切ったが玉砕。
僕のプレゼンは失敗に終わり、その結果、パソコンと電子辞書が手元に届いたわけだ。僕はこの二つを手にすることでスマホを諦めざる終えない状況に寧ろ自分を追い込んでしまったかもしれない。
一言でいうと、「煩い」という意味だったかな。
「なるほど!」
いたく納得いったのか一回で覚えてしまう。
この二人の話を聞いていると、二人でも”かしましい”かもしれない。
母さんの妹さんとか集まると確かにカオスだ。
僕からしたらまるで話が通じてないのに留まることを知らない。
現場は工事中のような状態に。
何がそんなに楽しいのか。夜通し喋っている時もあった。
「マーさん聞いてる?」
こういう反応も母さんと同じ。
「ん?うん、聞いてるよ」
上の空だと思うと聞いているか確認する。
僕からしたら内容は聞いてる。
多分、当事者より理解しているだろう。
少なからずナガミネより解っている自信はある。
寧ろ逆で、聞いているから、聞きたくないんだ。
「とにかくさ、騒がず、慌てずじゃないかな」
クラスの雰囲気が加速度的に悪くなっている。
その原因がクラス内SNSに侵入する「名無し」だ。
管理人であるタンクスズキは、パスワードを変更する等の措置をとったけど、何事もなかったように「名無し」は現れた。寧ろ充分な事前告知なくパスワードを変えたものだから週一程度で利用しているクラスメイト辺りは突然閉めだされたと思って嫌悪感を露わにしている。タンクも災難だけど僕もナガミネがいなかったら入れなかっただろう。そう考えると文句を言う側の気持ちもわからないではない。
結果として僕らへの風当たりも強くなってきている。
「誰が犯人なんだ!」
こういう視点だ。これは間違いなく「名無し」なんだけど、「名無し」を締め出せないと、どうやら「名無し」が攻撃している対象に嫌悪が向くようだ。
レイさんは実に男前だった。
男でもモテたと思う。ま、今もモテルんだろうけど。男なら尚更モテタろう。クラスの嫌悪感を一身に受けながらもまるで気にしていない。そればかりか、気づいてすらいなかった。彼女に言わせれば、
「前と変わらないでしょ」
そういうことらしい。
いやいやそんなことはない。
僕からしたら全然違う。
これまでのレイさんはアダ名のように無視される存在だった。
いない存在として扱われていたと思う。
でも今は注目の的であり、注視されているのに無視されるのだ。
僕がレイさんの状況を第三者視点で発言すると、
「それっと逆にランクアップしてるね」
嬉しそうに答えた。
嬉しそうというのは語弊があるな。どうでもいいって感じか。
確かにそうだ。
でも、積極的な無視というのは結果的な無視と大きく違うと思う。
長く続くと怖いことへと繋がりそうな気がしてお尻の辺りがムズムズする。
実際苛立ちを向けている男子は少なくない。本来は「名無し」に向けられるべき怒りや苛立ちがレイさんへと向けられている気がする。
(これは反省だな。自分の苛立ちを母さんに向けることは少なくない)
クラスでレイさんの話題が出たことなんて暫く無かったのにココへ来て昔の出来事を蒸し返すような発言が聞こえてきた。しかも本人のいる側でだ。予め申し合わせていなかったら僕は頭にきたかもしれない。
作戦会議の中で彼女は言った。
「私に関して何を言われても二人は怒ったりしないで」
「でも・・・」
ナガミネが不安げな顔で見る。
「ミネちゃん、平気だから」
いつの間にかナガミネさんからミネちゃんにランクアップしている。
女子の距離の詰め方は実に速い。ちょっと僕の感覚からは信じられない。
レイさんは違うかと思ったら、立派な女子だったようだ。
「わかったけど・・・キレちゃうかも」
ナガミネがらしからぬことを言う。
君とキレルって言葉は、まるで水と油だ。
「マーさんもね」
「うん」
レイさんは実に冷静で、彼女に言わせれば、そうしたことは「名無し」を喜ばせるだけのことだと言うのだ。確かに最もだ。この時のレイさんの鋭い視線ときたら、なんという魅力的!ずっと見ていたい!
(僕はMッ気があるのかな)
自分ではないつもりだけど。
先生にも相談した。
「何もしないに限るよ」
「何もしない?」
先生はまるっきり何事もないように手本を書きながら言った。
「何かするってことは心が動かされたってことだからね。マイナスの波動を受けて動く時、九分九厘の人はマイナスを動機にして動くでしょ。それは良いこと無いよ。相手にまんまとのせられているし。本当はマイナスを受けていかにプラスに出るかが醍醐味なんだけどねぇ」
(醍醐味?どういうことだ)
「そういうことだよ」
(どういうこと?)
「とにかく動かないってことですか」
「兵法にあるでしょ。逃げながら戦えば勝っても勝ったように見えない。それが大切。後々のことを考えるとね。相手のプライドを傷つけず、こっちの損害を最小限にし、その上で勝っている。これが真に頭の良い人間のすることに思うけどね」
「レイさんも言ってました。何もしないほうがいいって」
「麗ちゃん元気かい?いつ連れて来るの。彼女は苦労しているからよく解っているね。精神性でいったら、その辺の大人よりよっぽど熟している」
なんで急に嬉しそうなんだ。僕と全然態度が違うじゃないか。手本を書く手も止まったし。
まさか先生・・・レイさんのこと・・・。
(やだやだやだやだやだやだ)
「そういう意味じゃないから」
続きを書きながら目線を上げずに言う。
「え?」
「僕は彼女を一人の才能ある人間として見ているんだけどね。指導者としての目線で」
(こわっ!僕の心の声が聞こえてるのかな)
「君の思っていることとは違うよ」
笑った。
「なんといいますか・・・」
なんなんすか、先生は超能力でもあるんですか。
時折怖くなる。
この先生の言葉が無かったら僕は動いていたかもしれない。
レイさんと先生・・・気が合いそうで会わせるのが怖い。
機会もないし。
突然僕が「先生が会いたいそうだから来ない?」って言ったらおかしいよね。
うん、おかしい。おかしい。おかしいよ。脈絡がなさすぎる。
(嘘だ・・・)
アルバイトの後、レイさんが言っていた。
「先生、お元気ですか?」
(何故丁寧語!?)
アルバイトの面接の時も色々と凄かった。
バイト先ではレイさんは僕の彼女ということになっている。
(くー!たまらん)
彼女がお願いしたことだ。
男避けの為の彼氏。本当にこんなことってあるんだなと思った。
出社と退社は必ず一緒にする約束になっている。
でも務めている時の彼女はビックリするぐらい僕と顔を合わせない。
それがマナーらしい。なんで、それがマナーなんだ?
冷たいぐらいで、どっちが本音の彼女なのか解らなくなることもある。
ま、それはどうでもいい。
レイさんのあの態度は先生を気になっているんだ。
だってレイさんから誰かの話を聞いたことなんて無い。
いくら先生としては若いって言ったって先生は五十代だ。
年齢差がありすぎるから絶対にありえないとは思うけど。
(レイさんがファザコンって可能性は否定出来ない)
だって歳の差がある有名な歌手とタレントさんが結婚したって例があるでしょ。
(何考えているんだ僕は・・・)
飛躍しすぎるだろう。
そうだ、想像は妄想だ。
(先生ならレイさんを笑顔に出来そうだけど・・・)
いやいやいや、止め止め!
作戦会議は少なくとも僕らを親密にさせてくれた。
本当なら鬱っぽい話題のはずなのに、僕がなんだか毎日ウキウキしているのは会議のお陰かもしれない。学校でクラスの雰囲気は沈んでいる。皆のレイさんに対する目線には少なからず僕も胸が痛い。幸いなのは彼女が全く気にしていない様子だからだ。そして先生の言葉が支えになっている。
「気にするだけ無駄だよ。筋を通して過ごせば一時は誤解はあれどいずれ解ける。どだい世の中なんて誤解や妬み嫉みは付き纏うよ。いい勉強だよ。それで筋が通せないならそれは自分のせいだ。またそれで誤解が解けないような相手なら関わるだけ無駄だから、僕だったらそんな相手こっちから願い下げだね。それが判別出来るだけ良かったじゃない」
なんという前向きな発想。
僕は先生のようには考えられないけど、でも、理解は出来る。
(そうだ!)
毎日のようにレイさんと会える。
あれだけ鎮痛な顔をいつも浮かべていた、何かに耐えていた、社会を拒絶していたレイさんの表情が最近は穏やかになっている気がする。
(あ・・・いかん)
最近、彼女の楽しそうな顔を思い浮かべるだけで泣きそうになる。
「何よマーさん、保護者みたいな顔して」
ナガミネ・・・あれだけオドオドしていた君がまさかここまで饒舌に、自然に話せるようになるなんて、文化祭の時の君はなんだったんだ。でも嬉しいよ。
「そうそう、時々こういう顔しているよね」
レイさん、レイさん。
「賢者モードね」
「けんじゃもーど?」
「悟りを開いているのよ」
「悟り?」
「何せ彼はDO・・・」
彼女は固まった。
「どう?」
何を言おうとした?
「どう・・・ナガミネ!」
「言ってないでしょ!」
「え、なに?どういうこと」
「なんでもない!なんでもありません!」
「なんで丁寧語」
くそーナガミネ!
お前なー、やっぱりか、やっぱり僕のことをそういう風に見てたのか。
くそ、くそ、くそ!タイムマシンがあればあの瞬間に戻りたい。
「申し訳ない!これだけ言えません。ナガミネ絶対に言うなよな!わかってるんだろうな!」
ナガミネは顔を真っ赤にして激しく頷いている。
「あら~・・・二人共怪しい~」
「違う!違います!出来心なんです。出来心?え、なんか違う、勢い?」
「え?」
「違う!そうじゃない!ナガミネお前もなんか言って・・・・いや、やっぱりいい!何も言わないで」
駄目だ頭が混乱する、
ナガミネは益々顔を赤くし日光の三猿のように口をおさえ首を振った。
レイさんはまるで平然とした顔でニヤニヤしている。
違うんだ、そうじゃない、でも言えない。
レイさんにもこれだけは言えない。
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